• X
  • facebook
  • line

70~74歳の医療「2割負担」で医療費は減少、健康悪化は確認されず

2025/12/02 10:00

  • 早稲田大学
別所先生_図1
別所先生_図1
別所先生_図1
―受診行動や医療費は習慣で決まる?―

70~74歳の医療「2割負担」で医療費は減少、健康悪化は確認されず

―受診行動や医療費は習慣で決まる?―

 詳細は早稲田大学ウェブサイトをご確認ください。 、

【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M102172/202512010116/_prw_PT1fl_K6O5nZqg.png

 

 健康保険の窓口負担をどのように設定するかは、健康保険の設計を考える上で大切なポイントです。窓口負担の引き上げは保険財政を改善することが期待されますが、通院や治療を抑制することで病状を悪化させ、長い目でみれば、むしろ通院や治療を増やし保険財政の改善につながらない可能性もあります。窓口負担の引き上げの影響についてはこれまでも膨大な研究がありますが、そうした長期的な影響は明らかではありませんでした。

早稲田大学政治経済学術院別所 俊一郎(べっしょ しゅんいちろう)教授と京都大学経済研究所の古村 典洋(こむら のりひろ)特命准教授は、2014年の健康保険制度改正(※1)による70~74歳の窓口負担の引き上げの効果を7年半に渡り調べ、窓口負担が増えると医療費は減少したこと、その減少効果は70~74歳の期間持続したこと、この減少効果は75歳以降も数年は持続したこと、他方で健康状態には影響しなかったことを発見しました。

本研究は2025年12月に「American Economic Review: Insights」に掲載されました。

論文名:Dynamics of Consumer Responses to Medical Price Changes

 

(1)これまでの研究で分かっていたこと 

健康保険の窓口負担(自己負担)が、患者の受療行動や健康行動・健康状態にどのように影響するかについては、医療経済学の分野で膨大な研究の蓄積があります。最も有名な研究の一つは、1971~1986年にアメリカのシンクタンク、ランド研究所が行った健康保険実験であり、窓口負担が0の人に比べて、窓口負担が25%の人の医療費が20%少なかった等の結果が出ました。日本についての研究では、70歳で窓口負担が30%から10%や20%に引き下げられることを利用して、70歳になる直前の人たちと、70歳になった直後の人たちの行動を比較する研究の結果が2010年代半ばから発表されてきました。

これまでの研究では、窓口負担の違いがその時点での患者の受診行動にどのような影響を及ぼすかが主に分析されてきましたが、将来の受診行動への影響や、窓口負担が変化したあとの影響の変化は十分な検討がなされてきませんでした。例えば、窓口負担が引き上げられた場合に医療費がすぐに減るのか、徐々に減るのか、減ったあとで元に戻ろうとするか等については、まだ解明されていません。日本においては、乳幼児医療費助成制度が地域間で異なることを使って、窓口負担の効果がどのように変化するかを調べた研究はありましたが、前後1年程度の動きしか追えていませんでした。

 

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

 本研究では、窓口負担が変化したあとに医療費や健康状態・健康行動がどのように変化するのかを数年にわたって追跡するために、2014年4月に行われた日本の健康保険制度改正に着目しました。

2014年3月以前の制度では、基本的に窓口負担は69歳までは3割、70歳以降は1割でしたが、2014年4月改正によって、70~74歳の負担率は2割に引き上げられました。改正時点で70歳以上の人はすでに1割負担だったため、改正後も引き続き1割負担とされました。したがって、70~74歳でみると、1944年3月以前に生まれた人は1割負担、1944年4月以降に生まれた人は2割負担となりました。そこで本研究では、1944年4月前後に生まれた人たちの医療費や健康状態・健康行動を2009年から2021年まで追跡して比較しました。データはレセプト情報・特定健診等情報データベース(※2)などから得ました。

 

主な結果は以下の通りです。

70~74歳の5年間をみると、2割負担の人たちの医療費は、1割負担の人たちの医療費に比べて、少なくなります。少なくなる度合いは5年間で大きく変化しませんでした。

「外来」「調剤」「入院」にかかる医療費に分けてみてみると、「入院」医療費への影響は、「外来」と「調剤」に比べると半分程度でした。2割負担の人たちの医療費は1割負担の人たちに比べて、「外来」で4%、「調剤」で3~6%、「入院」で2%減少しました(図1)。

70~74歳のときに2割負担だった人たちの「外来」・「調剤」医療費は、1割負担の人たちの医療費に比べて、75歳を過ぎても少ない傾向がありました。

健康状態や健康行動(喫煙・飲酒・運動・睡眠など)は、2割負担の人たちと1割負担の人たちとで大きな違いはありませんでした。

 

1番目・2番目・4番目の結果は、過去に行われてきた研究結果と整合的ですが、3番目の結果はそうではありません。3番目の結果は、75歳を過ぎて窓口負担は1割で同じになっているにもかかわらず、70~74歳で2割負担だった人たちは、制度改正前から継続して1割負担の人たちよりも医療費が少ないことを意味しています。さらに、4番目の結果を考慮すると、健康状態や健康行動が良くなったことで医療費が減少したわけではなく、むしろ、2割負担の期間での受診習慣が1割負担になっても継続していることを示唆しています。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202512010116-O3-oz1921AY

(図1)「外来」「調剤」「入院」にかかる医療費を検証した結果。Komura and Bessho (2025) Figure 1、 Panels B、 D、 Fを抜粋。棒線は95%信頼区間。

 

(3)研究の波及効果や社会的影響

本研究の結果からは、健康保険を設計する上での示唆が得られます。健康保険の財政状況を改善するために窓口負担を高くすると、受診控えが起きて健康状態が悪化してしまい、逆に医療費が増加して健康保険の財政がそれほど改善しないという議論がありますが、本研究の結果は、窓口負担が2割や3割といった水準にある時には、このような議論とは整合的ではありません。

本研究の結果からは、なぜ70~74歳の時に2割負担だった人たちの75歳での医療費が、1割負担だった人たちと比較して少ないかという理由を特定するには至りませんでしたが、健康状態や健康行動の改善を通じたものではないことは分かりました。もし、70~74歳の期間に安易な受診を控えたという過去の習慣が75歳以降の医療費減少の原因だとすれば、健康保険の財政状況と考えると、非常に軽い症状のときに安易に受診しないような仕組みづくりが有効かもしれません。あるいは、もし75歳になって窓口負担が減ったことを知らなかったのが理由だとすれば、窓口負担の通知の方法で医療費の出費を変えることができる可能性が示されます。

 

(4)課題、今後の展望

本研究の結果は、過去の窓口負担が現在の受診行動や医療費に影響する可能性を示していますが、どのような仕組みで影響するのかについてはまだよく分っていません。この仕組みを知ることは、健康保険制度をどう設計するかに関係しています。年齢などによって窓口負担が変わることを予見して行動を変化させているのかもしれませんし、将来のことはさほど考慮せずに行動しているのかもしれません。将来のことを予見している人としていない人が混じっているのかもしれません。過去の負担経験が、なぜその後の行動に影響するのかを検証することは今後の重要な課題です。

 

(5)用語解説

※1 2014年4月に行われた日本の健康保険制度改正

公的健康保険での医療費の窓口負担は、2008年から、69歳以下は3割、70歳から74歳までは2割、75歳以上は1割とされましたが、特例措置により70歳から74歳までの窓口負担も1割とされていました(所得の高い人を除く)。他の世代との負担の公平性などを考慮して2014年4月から、70歳から74歳までの窓口負担も2割とされました。その際、高齢者の生活に大きな影響がないように、2014年4月にすでに70歳になっていた人(1944年3月以前に生まれた人)の窓口負担は1割のままで据え置きとされました。

 

※2 レセプト情報・特定健診等情報データベース

厚生労働省が、法律に基づいて、国内での健康・医療のデータ基盤を確立し、医療費適正化計画のための調査分析などに用いるために、構築しているデータベースです。略称はNDBです。保険診療を行った医療機関が保険者に診療報酬(医療費)を請求するときに発行する明細書をレセプトといい、月単位で発行されます。このレセプトの情報が国内の保険者から厚生労働省へ提供され、個人を特定できない形でデータベース化されています。また、特定健診・特定保健指導の情報も格納されています。

 

(6)論文情報

雑誌名:American Economic Review: Insights

論文名:Dynamics of Consumer Responses to Medical Price Changes

執筆者名(所属機関名): 古村 典洋(こむら のりひろ) (京都大学)、 別所 俊一郎(べっしょ しゅんいちろう) (早稲田大学)

掲載日:2025年12月

掲載URL:https://www.aeaweb.org/articles?id=10.1257/aeri.20240228

DOI:doi.org/10.1257/aeri.20240228

 

(7)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)

研究費名:科学研究費補助金基盤研究(C) 23K01417

研究課題名:患者負担と健康状態・行動:生年月に基づく回帰不連続デザインによる接近

研究代表者名(所属機関名):別所俊一郎(早稲田大学)

 

この記事をSNSで伝える:

  • X
  • facebook
  • line