何べんも繰り返し読めば意味が自然に分かる。
出典は『三国志』の魏(ぎ)の董遇(とうぐう)の言葉。「従い学ぶ者有り、遇肯(あ)えて教えずして云(い)う、必ず先(ま)ず読むこと百遍なるべし、読書百遍義(ぎ)自(おのず)から見(あら)わる、と」(学びに来た者に、遇は何も教えようとせず、必ず先ず百遍読みなさい、百遍読めば意味は自然に分かるものだ、と言った)
百遍は、回数の多いこと。何度も何度も読む。義は、意味。見は、現と同じ。あらわれる、見えてくる。「読書百遍、意自(いおのず)から通つうず」という言い方もある。
董遇は「性(せい)、質訥(しつとつ)にして好学」(人柄(ひとがら)は無口で飾り気なく学問を好んだ)と称される。『老子』の専門家。
秋の夜長はじっくり読書にふけりたいものだ。
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