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【映画「喜劇 駅前温泉」】郡山・磐梯熱海温泉 華やかな記憶残る

01/11 12:30

映画のスチール写真で森繁久弥が立っていた辺りを推定して立つ上野芳郎さん=磐梯熱海駅前

 磐梯熱海といえば、言わずと知れた「郡山の奥座敷」。結構ホットな温泉街として知られている。周辺へのアクセスが良く、県内観光の拠点にする人もいるらしい。この温泉街を舞台に約60年前、一本の映画が作られていた。1962(昭和37)年公開の映画「喜劇 駅前温泉」(久松静児監督)である。

 つい最近、その存在を知ったのだが、実はいま一つピンとこなかった。なぜ磐梯熱海が映画の舞台で、それも「駅前温泉」なのか。確かに駅はあるが、そもそも「駅前温泉」って何?

 とりあえずDVDを探し出すと、驚いた。DVDのパッケージには、でかでかと撮影当時の写真がプリントされ、主演の森繁久弥を中心に主要な出演者が並んでいるのだが、その背景に「磐梯温泉」「磐梯・吾妻スカイライン」の文字や、見覚えのある旅館の看板が写っている。間違いなく磐梯熱海の温泉街だ。この映画の妙な「本気」を感じ、現地へ向かった。

 「東北弁」も珍妙

 熱海町商工会によると、地元にもロケ当時を詳しく知る人はいないようだ。ただ、多少記憶があるという磐梯熱海駅近くのそば店「丸嘉」の店主、上野芳郎さん(70)を紹介され、訪ねた。

 「うちは昔、こがね湯という旅館で、私が6歳の頃、東京から来た山形県出身の女性がしばらく下宿していた。元は浪曲の玉川勝太郎の弟子で、磐梯熱海で芸妓(げいぎ)さん、置き屋の女将(おかみ)になり源氏名を『勝太郎』といった。この勝太郎さんが『駅前温泉』に出て三味線を弾いたりしているんだ。地元で出演したのは彼女のほかは赤ん坊だけだろう」

 上野さんの言葉を確かめようとDVDを見ると、確かに映画中盤の宴会シーンで「会津磐梯山」を演奏し歌う本職っぽい芸妓さんが登場する。上野さんによると昭和30年代、磐梯熱海には芸妓が70~80人、置き屋も十数軒あったが、今はどちらもゼロ。そんな、失われし華やかな記憶が映画の中に残っていた。

 少しいい話だが、上野さんは水を差すようなことも言う。「ただ、映画の中で磐梯熱海が写っているのは、冒頭の駅前シーンなど。そんなに多くない」

 あらすじは、客足が遠のいた東北の駅前温泉街で、旅館の主人たちが、どうしたものかと意見を戦わせている。この「駅前」というのは、平均的という意味らしい。そんな時、飯坂温泉で「三助コンクール」があると知り、ライバル関係にある、森繁久弥と伴淳三郎が演じる旅館の主人2人が大会に挑む―。

 三助コンクール? 実際に見ると、俳優の話す「東北弁」も珍妙だ。突っ込みどころはままあるが、まずは「飯坂温泉」が出てくるところに注目してほしい。この映画、ロケ地は磐梯熱海に限らず、福島市の飯坂温泉や浄土平、猪苗代湖など県内各地で撮影が行われているのだ。

 「と言うのも、この数年前、(観光道路の)磐梯・吾妻スカイラインが開通したんだ」と上野さんが、古いパンフレットのコピーを指し示した。磐梯熱海の観光協会と温泉組合作製のパンフレットだが、地図は「国立公園磐梯吾妻観光案内図」と題し吾妻連峰から猪苗代湖までを網羅し、大きな「吾妻スカイライン!! 磐梯高原!! 廻遊(かいゆう)の基地」のコピーが躍っている。

 スカイライン開通は1959年。当時は全国的な観光ブームで、県内でも車による広域観光が加速していた。上野さんは「ここも当時はすごい人出で、げた履きに浴衣姿のお客さんが、駅前にあふれていた」と言う。その熱気の中で磐梯熱海は、スカイラインで結ばれた県北と会津を含めた広域観光の「拠点」を強力にアピールしていたのだ。

 映画の製作者も、そんな状況を取り込み、磐梯熱海を振り出しに、周辺観光地を巡る展開にしたのだろうか。「いずれにしろ、スカイラインによる観光ブームで、こういう映画が撮られたんだろう」と上野さん。お気楽なコメディーと思っていたが、時代を映すという点では、なかなか侮れない。

 鬼滅の刃ばり

 さて、上野さんの案内で温泉街を歩く。「萩姫の湯 栄楽館 湯のまちぎゃらりー」では、昔の温泉街の写真を見て、駅前に建物が集まり繁栄している様子を知る。なるほど「駅前温泉」だ。

 今はない大きな映画館「あたみ座」も、写真の中で存在感を発揮していた。上野さんは「この劇場では『駅前温泉』が封切られると、一本だけ朝から晩まで上演された」と「鬼滅(きめつ)の刃(やいば)」ばりのご当地人気を語りながら「私も、2階の桟敷に寝転んでずっと見ていた。勝太郎さんも出ていたからね」。

 次に駅前へ、DVDのパッケージ写真が撮られたのがここだと教えられた。「写真右の若松屋の2階で、観光協会の会議が撮影された。今は足湯になっている辺り。中央の奥に写っている小松屋も今はない。その後の区画整理で変わったんだ」

 温泉街は、時代に合わせ姿を変えた。ただ、変化は世のことわり。映画の中にだけ残る面影というのも、おつなものである。(一部敬称略)

磐梯熱海温泉

 【磐梯熱海へのアクセス】車で磐越道利用なら磐梯熱海インターチェンジ(IC)まで、郡山ICから約10分、会津若松ICから約30分。磐越西線では磐梯熱海駅まで郡山駅から17分、会津若松駅から57分。

          ◇

 【喜劇 駅前温泉】東京映画製作、東宝配給の人気プログラム「駅前シリーズ」の第4作。昔は大繁盛だったが、近くの温泉場にデラックスホテルが建って以来、すっかり客足が遠のき閑古鳥が鳴いている東北の駅前温泉を舞台に、犬猿の仲の旅館の主人、吉田徳之助(森繁久弥)と伴野孫作(伴淳三郎)、お人よしの観光協会事務局長(フランキー堺)らが織り成す人情コメディー。

          ◇

 【磐梯熱海温泉】郡山市熱海町の五百川沿いに開けた温泉地。開湯は鎌倉時代といわれ、病に悩む萩姫が、不動明王のお告げを受け、都から五百川の霊泉にたどり着き、その湯で病を治したとの伝説がある。熱海の名は、鎌倉時代に安積郡を支配した伊東氏が、故郷の熱海温泉から取り名付けたといわれる。磐越西線の磐梯熱海駅は、「喜劇 駅前温泉」の公開時は岩代熱海駅だったが、1965年に現在の駅名に改称された。

          ◇

 【萩姫の湯 栄楽館 湯のまちぎゃらりー】磐梯熱海温泉街の昔の写真や、東北各地のこけしなどが展示されている。入場無料で、休憩ができる。(電)024・984・2135(栄楽館)

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