田舎に戻ってエネルギーをもてあましていた。 それは私だけでなく、同世代の仲間も同じ。いつでも集える「秘密基地」のような場所がほしくなった。そこで作ったのが「風舎」という喫茶店。自分たちで空き店舗を改装してバーカウンターを作り、音楽ライブもできるようにした。 その頃、商店街の跡取り7人で「フラストレーション・カンパニー」というバンドを組んでいた。私はベースとギター担当。公民館で音楽祭をやっ...
この記事は会員専用記事です
残り593文字(全文793文字)
続きを読むには「みんゆうプラス」の会員登録もしくは
「福島民友新聞購読」の申し込みが必要です。