民主主義の根幹である国政選挙中に、政党や政府中枢に暴力で何かを訴えようとした愚行だ。決して許されるものではない。
東京都の自民党本部に19日、男が火炎瓶のようなものを5本ほど投げ、機動隊の車両が一部焼損した。男は続いて、車で首相官邸前の防護柵に突っ込んだ。現場で対応した機動隊員3人が喉に軽いけがをした。警視庁は公務執行妨害の疑いでこの男を逮捕した。
男が乗っていた車からは、ガソリンなどの入ったポリタンク20個や、着火剤が取り付けられたガラス瓶が見つかった。けが人などがさらに生じる恐れがあった。
警視庁の調べに、男は黙秘している。一方、家族によると、男は自公政権の原発政策や選挙の供託金制度に不満を抱いていたという。ただ、どのような理由であっても、暴力を手段として政治に圧力をかけることを正当化しうるものではない。
衆院選は後半に入った。各党と候補者には、この事件によって萎縮することなく、有権者に向けて堂々と主張を訴えてもらいたい。
警察には、有権者が候補者の政見を知る機会を妨げることがないよう配慮しつつ、同様の凶行への備えを徹底してほしい。
一昨年の参院選では、安倍晋三元首相が銃撃により殺害され、昨年の衆院補選では、当時の岸田文雄首相の演説前に爆発物が投げ込まれる事件があった。米国で7月に、演説中のトランプ前大統領が銃撃され、けがをしたのは記憶に新しい。国内外で政治家に対する凶行が相次いでいる中で、政党本部などの警備が十分に機能しなかったのは、憂慮すべき事態だ。
首相官邸はもちろん、国会のすぐ近くにある自民党本部は、機動隊などが通常から厳重な警備態勢を敷いている。それにもかかわらず、火炎瓶を投げられた後、国会議事堂を挟んで約600メートルの首相官邸まで逃走を許したのは、警備の失態との非難を免れまい。今回の事件を許した原因などの検証が不可欠だ。
今回の事件の背景は、捜査で明らかになるのを待つほかないものの、安倍氏、岸田氏などが襲われた事件と同様、男は単独でテロを実行する「ローンオフェンダー」だった可能性がある。
東京の治安を担う警視庁はローンオフェンダーを専門に扱う担当課の来春設置に向けた準備を進めている。ただ、東京以外でも同様の事件が起きる恐れは否めない。警察庁には、各道府県の警察と情報やノウハウの共有を進めることが求められる。