福島民友新聞社は24日、福島市で新聞を活用した教育事業「読む力、考える力」を開催した。言語脳科学などを研究する東京大大学院総合文化研究科の酒井邦嘉教授が「簡単に答えが出る人工知能(AI)では思考力や創造力が養われず、学力低下を招く危険性がある」と警鐘を鳴らし、活字媒体の利点やインターネット社会の問題点などについて幅広く解説した。
酒井氏は「想像力、創造力を生む『読む力』」と題して講演した。政府が推進するデジタル教育について「デジタル端末は紙の教科書と異なり、実体がなく、記憶に残りにくい」と指摘した。記憶する際の特徴として「メモをした」という行為やメモをしたノートの場所なども合わさって思い出すとし「自分で書き写して覚えることに勝る勉強法はない」と強調した。
交流サイト(SNS)や生成AIが発展している現代のネット社会にも懸念を示した。その利便性から、さまざまな場面で活用されていると言及した上で「(SNSなどで)示されるものが正しいか判断できず、発信者の真意を理解せず拡散されるケースが目立っている」と述べた。
「読む力、考える力」は一般社団法人・授業目的公衆送信補償金等管理協会の共通目的基金の助成を受けた。約270人が来場した。
「今こそ紙の新聞を」信用性、一覧性を強調
登壇した東京大大学院総合文化研究科の酒井邦嘉教授は、多様な情報を簡単に入手できる現代だからこそ「紙の新聞で正しい情報に触れ、読書で想像力を育んでほしい」と呼びかけた。
酒井氏は、取材に基づく情報源が示されている新聞は信用性が高いと明言した上で「繰り返し読むことに適しており、一覧性にも優れている」と紙面の利点を挙げた。一方、多くの情報や意見が飛び交うインターネットへの過剰な依存を危惧し「短絡的な反応を助長してしまう」と理由を説明した。自分で考える前にネットで検索してしまうため「身に付くものは少ない」との見解を示した。
講演後、県内の高校に勤める男性教諭(47)は「生徒らに手書きの学習の良さを説明していきたい」と述べた。福島成蹊高2年の黒田望来(みく)さん(16)は「授業でもデジタル化が進んでいるが、自分で書くことを意識して学習したい」と話し、交流サイト(SNS)や生成人工知能(AI)の利用については「調べる前に自分で考えることを意識したい」と語った。
会場には「新聞活用コーナー」が設けられ、新聞の読み方や見出しの付け方などをパネルで紹介し、訪れた人たちが新聞に親しんだ。
【講演要旨】
インターネットで検索すると、そのときは覚えた気になるが、記憶にはあまり残っていない。「ノートのどこに書いたか」などメモした体験も一緒に記憶されるため、自分で書いて学習することが大切だ。情報過多な世の中なので、自分で考えるより先にネットで調べ、すぐに答えを求めてしまう。考える機会が減り、思考力や創造力が低下している。示される答えも出所不明の情報を生成人工知能(AI)が加工している可能性がある。今の状態が加速すれば検索すること自体の意味がなくなる。
政府が推進しているデジタル教科書は、端末で完結してしまうため、メモを取る機会が少ない。(児童生徒の)メモを取る能力や文字を書く能力が衰え、学力低下につながりかねない。
生成AIや交流サイト(SNS)の使い方も考えなければならない。学生が、生成AIが作成した文章をコピーして学習を終わらせてしまうケースがある。だが、本来の学習は「自分は何を理解できて、何を理解できなかったのか」までたどり着くことだ。SNSでは短い文章が多く、相手の抑揚や表情から行間を読めない。真意をつかめないまま拡散され、度々「炎上」してしまう。
解決策はAIの規制と読書だ。人間が書いた書籍であれば著者の意見を尊重しながら自分の思考を深めることができる。子どもたちにとっては「自分にとって重要と感じたもの」を見つけられれば、それを礎に人間として成長していける。