重い病気やけがを治療している患者の命、生活を守るために不可欠な制度だ。十分な議論がなされず、当事者に一方的に負担を強いるのは理解に苦しむ。
医療費の自己負担に月ごとの上限額を設ける「高額療養費制度」について、政府、与党が負担上限額の引き上げ方針を示している。これに対し、がん患者などから批判の声が上がっている。
病気やけがの治療費の自己負担は原則1~3割だが、高額になった際は1カ月当たりの支払額を一定にとどめる仕組みだ。超過分は公的医療保険から給付される。
上限月額は年収や年齢に応じて異なる。現行では70歳未満の平均年収区分(約370万~770万円)で約8万円だが、政府は2027年8月に最大で約13万9千円に引き上げる方針だ。
上限額の引き上げは高齢化で医療費が膨らむ中、公的医療保険からの給付を抑え、現役世代が中心の保険料負担を軽減するのが目的だ。政府は当初、5330億円の医療費削減を見込んだ。少子化対策の財源を確保する狙いもある。
がんや難病の治療は長期間にわたるため、引き上げの影響は甚大だ。がん患者団体などは「治療を諦めざるを得ない人が出てくる」と強く反発している。月数万円の支出増に加え、治療に伴う収入減少、通院のための交通費などもある。患者らの反発は当然だろう。
引き上げ方針は昨年11月に専門家らで構成する審議会に示され、1カ月余りで具体案がまとめられた。しかし審議会に患者らは参加していなかった。当事者の意見を踏まえず、短期間で決めたのは政策決定の進め方として疑問だ。
政府は引き上げ方針の一部を修正して対応する構えだ。直近12カ月以内に制度を3回利用すると、4回目以降は負担が軽減される「多数回該当」の上限額引き上げを見送る。年収700万円の人なら、上限額を27年8月に約7万7千円に引き上げる予定だったが、現行の約4万4千円を維持する。
しかし、多数回該当が適用されない場合の負担上限額の引き上げは変更しない。石破茂首相はおとといの衆院予算委員会で「大切なセーフティーネットを次の世代にも持続可能なものとしたい」と引き上げに理解を求めた。
今も多くの人ががんや難病と闘っている。こうした人が必要な治療を、安心して受けられる環境を維持していくことが、国には求められる。医療費削減や少子化対策のため、患者を犠牲にするのは看過できない。政府は引き上げ方針を抜本的に見直すべきだ。