戦国武将の蒲生氏郷は1590年、豊臣秀吉から会津の地を与えられた。会津若松市は当時、「黒川」と呼ばれていたが、氏郷は故郷の近江にある森の名にちなんで「若松」と改称した ▼その頃の城下町は道が狭く入り組んでいた。「黒皮を袴(はかま)に裁ちて着てみれば まちのつまるはひだの狭さに」という狂歌が残る。「ひだ」を氏郷の官職「飛(ひ)騨守(だのかみ)」にかけ、窮屈な町の様子をやゆしたらしい ▼そこで氏郷は鶴...
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