80年前のきょう、福島市出身の作曲家古関裕而は、疎開先の故郷から夜行列車で上京し、新橋駅で偶然、ラジオの玉音放送を聞いた。ざわめきで聞き取れなかったが、雰囲気で降伏だと分かったという(古関裕而「鐘よ鳴り響け」) ▼同じ頃、医師の永井隆は長崎市で傷病者の救護にあたっていた。放射線医学が専門の永井だが、長崎に落とされた原爆で妻を失い、自身も重傷を負った ▼それまで面識のなかった二人が出会ったの...
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