1977年に株式会社絹川建設工業の前身である絹川商事を立ち上げることとなり、私を育ててくれた前の会社の社長に恩返しをするためにも、家族のためにも、社会から信用を得るためにもと心に決め、スタート台に立った。 設立時は、当然ながら仕事もなく、力もなく苦労の連続だった。わが家には食べ盛りの子どもや乳児の3人がいて、月曜から土曜まで現場で働き、夜と日曜日は仕事の営業に走り回っていた。女房は経理担当の...
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