のどかな田園風景を眺めながら天栄村の県道を進むと、「広戸」と書かれたのれんと看板が目に入る。「味処 広戸」は30年以上、天栄村で愛されている食堂だ。店の裏には田んぼが広がり、店内の座敷はイネの成長が楽しめる特等席。「たくさんの縁があったからこそ、これまで続けてこられた」。店主の町島幹男さん(70)、明子さん(66)夫妻は、柔らかな照明の店内で客を出迎える。
幹男さんが厨房(ちゅうぼう)に立ち、明子さんが接客を担当。あうんの呼吸で次々と料理を仕上げて、提供する。しょうゆ、みそ、コメ、豆腐、ネギは天栄村産で、ほかの食材も国産にこだわる。「天栄村は水がおいしいから、食材も何でもおいしいんだよね。生産者もみんな顔なじみだから」。村の恵みを存分に生かしながら、幹男さんは料理の腕を振るう。
心配りメニュー
「福島県で『カツ丼』と言えばソースかもしれないけれど、うちは卵でとじた『煮込み』が一押し」と幹男さんは力を込める。客の好みに合わせてカツ丼とカツ煮定食の両方に対応しているのも、2人の心配りからだ。
ラーメンのスープは幹男さんが長年の研究の末にたどり着いた配合で、鶏がらや豚のげんこつ、昆布、ショウガ、ニンニク、ネギなどを毎朝5時から仕込み、ぐつぐつと炊いている。「夏場は塩タンメン、冬はみそタンメンの注文が多いかな。うちの常連さんは”浮気”しないから、食べるものが決まっていて。いろんなメニューも食べてもらいたいけどね」と2人は笑う。
幹男さんは天栄村の中学校を卒業後、東京・浅草の日本料理店に就職。23歳から4年半、店の米国進出に伴って渡米し、ロサンゼルスの焼き鳥店で働いた経歴の持ち主だ。「英語は全く話せなかったけれど。客で矢沢永吉さんやジャッキー・チェンさん、テレサ・テンさんら芸能人も来店していた。苦労よりも楽しかったな」と懐かしむ。
帰国した幹男さんは、親戚の紹介で同郷の明子さんと結婚。知り合いが経営していた郡山市三穂田町の「かんの食堂」の営業を引き継いだ。その後、親戚から「村に戻って食堂をやらないか」と声をかけられ、約30年前に現在の場所に店を構えた。「(名字から)店名は『町島食堂』も考えたけれど、やはり地区の”広戸”がみんなから覚えてもらえて、愛されるかなと思って」。そんな経緯で「味処 広戸」が誕生。夫婦で歴史を紡いできた。
大震災乗り越え
店は地元住民や会社員、観光客らで連日にぎわう。歩みを振り返ると、一番の困難は東日本大震災だった。店の窓ガラスが割れて壁が崩れ、水も出ない。幹男さんは気落ちし「この先どうしようと頭がいっぱいだった。でも、1カ月後に店を再開すると、お客さんが来てくれて。うれしかったね」と思い返す。
「お互い健康に気を付けて、一日でも長く店を続けられたらいいね」。明子さんの言葉に、ほほ笑んでうなずく幹男さん。2人はこれからも、店を訪れる客を温かな料理と笑顔でもてなす。
■住所 天栄村飯豊高崎27
■電話 0248・83・2588
■営業時間 昼=午前11時~午後2時(ラストオーダー同1時半)、夜=午後5時~同7時(ラストオーダー同6時半)
■定休日 水曜日、月2回木曜日
■主なメニュー
▽煮込みかつ丼=1000円
▽エビフライ定食=1300円
▽焼き肉定食=1100円
▽みそ、塩タンメン=各900円
▽手作り餃子(ギョーザ)=400円
店を見守る七福神
開店当初から「七福神」が穏やかな表情で店内を見守り続けている。開店祝いとして近所に住む明子さんの親戚から贈られたもので、郡山市の高柴デコ屋敷で作られた。「おかげさまでずっと繁盛している。七福神のおかげかも」と明子さんはちゃめっ気たっぷりに笑う。