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『海のはじまり』目黒蓮は「口元の芝居が秀逸」ドラマ識者が解説 役の人間性つかむ“センス”【ドラマ解説】

09/02 14:00

  • エンタメ総合
主人公を目黒蓮が熱演する『海のはじまり』

 2022年のドラマ『silent』(フジテレビ系)での繊細な演技がヒットに大きく貢献したSnow Manの目黒蓮(27)。同作のチームが手掛けた今クール『海のはじまり』(フジテレビ系)でも、人生が大きく変化していく主人公・月岡夏の心の機微を丁寧に演じている。そんな目黒の演技の魅力について、ポップカルチャー研究者の柿谷浩一氏(早稲田大学招聘研究員)に解説してもらった。

【写真】『海のはじまり』表情の演技が冴えた第8話の目黒蓮

 『海のはじまり』は、主人公・夏(目黒)が、大学生だった時の交際相手であり、別れて以来、7年もの間会うことがなかった南雲水季(古川琴音)の死をきっかけに、自分と血のつながった娘・海(泉谷星奈)の存在を知ったことで人生が変化していく物語。夏の恋人役を、有村架純が演じる(以下ネタバレ含みます)。

■緩んだ口、結んだ口…話しぶりからも人柄にじむ

 本作の特色である繊細な心理描写。それを作るのは脚本だけでなく、目黒蓮の演技の力も大きい。夏はいつも温厚で平静。派手な言動は少なく、表情もあまり乱れない。でも彼の「心の動き」は細やかに感じられる。

 それを可能にしている理由の一つが「口元の芝居」。会話のちょっとした沈黙シーンで、くちびるを通じて、その時の心境を鮮やかに表す。

 まず印象的なのは、“緩んだ口”。わずかに口を開けたあどけない目黒独特の表情が、場面の「複雑な内面」を雄弁に伝える。3話で海ちゃんとの夏休みの提案を受けるときは、驚きの中に、期待と不安の混じる戸惑いを。6話で海ちゃんと津野(池松壮亮)のじゃれ合いを見る所では、自分の知らない2人の楽しそうな光景に言葉をなくす茫然と、疎外された淋しさを。複数の感情が交差する「瞬間的な心境」を、厚みと深みを損なわずにジワッと表してうまい。

 これと逆に、力を入れて“結んだ口”も映える。4話、海ちゃんの髪を乾かす場面では、不慣れながら真剣に育児の練習をする姿をキュートに強調する。6話、自分の編んだ海ちゃんの三つ編みを津野がほどく場面では、それを見守るしかない孤独と悲哀を濃くする。透けて見える心情はさまざまだが、津野の墓参りを遠くから見守る7話が象徴的なように、そっと噛みしめ結んだ口の多くは、現実の出来事から目をそらさず、一つひとつ受け止めゆく夏のひたむきさの証で、父になるステップと軌跡。時につらく厳しくもある経験と感触が、口元からもしっかり響くうまさが光る。

 夏の普段の温和なベースの表情はそのままに、「口元」を開閉する2つのわずかな仕草で、さり気なくも確実に「心模様」を映しだす。目黒の口元は、言葉が無くても、言葉以上に胸の内を語って饒舌なのだ。

 また、話しぶりからも“人柄”がしっかりにじむ。言葉のくり出し方で人物の性格や考え方を感じさせる、そのうまさも桁外れ。夏のためらいぎみで慎重な言葉運び。例えば「うん」。「う」の前にコンマ数秒の「っ」という「空白=溜め」を伴う。

 抑えめの声量やトーンもあって、パッと見には自信なさげでナヨナヨして映るかもしれない。でも劇が進む中、その口調から強くにじむのは、彼の「誠実・実直・丁寧」な人となり。海ちゃんとの会話に顕著だが、夏は相手の思いを確認するように受け止めつつ、一言一言を優しく紡ごうとする。言葉とそこにある思いに、人一倍まっすぐで真摯(しんし)。だからこそ生まれる「間」。そんな夏の個性が詰まったしゃべりを、決して陰気にし過ぎず、芝居がかった印象も与えず、リアルな自然体で演じている辺りもうまい。

 人物を演じるということは、その人の言葉、つまり話し方やクセを演じることでもある。その点、目黒の演技は「人間」を性格もろともつかまえる力を持っている。

■物語終盤に向け「怒涛の感情噴出」、表情とまなざしに変化

 実父との再会を描いた8話は、「表情の演技」が冴えた。釣り堀で父の背中を追いかけ、本音が一気にあふれる場面。この間、夏のクローズアップで場面が進むが、顔でみせる表現力が凄まじかった。抑えてきた悲哀を伝える虚ろな瞳、行き場のない鬱積をにじませる力んだ眉と目元、理解と救いを訴えて前のめりに動く頭と首、荒々しい息の見える鼻。

 これらが一つの「顔」の中で代わる代わる現れ交差しながら、抑圧してきた感情が怒涛のように噴出する。決して「自分もつらい」という告白に収まらない感情の渦と余韻。それを目黒は、表情をフルに活かして表現してみせた。

 そんな思いの洪水にも“夏らしさ”が残った点も印象的だった。周囲に言えない愚痴や不平が次々出てくるが、言葉自体はひどく荒れない。普段見せない強い語気ながら、どこか「丁重な話し方」を保っていて、その中で必死に言葉を絞り出す感じと、完全に感情崩壊する手前でブレーキをかける感じ。それが切なさを深くした。

 誰かを怒ったり憎んだりするのが苦手。そんな夏の“長所”が、せりふの中身だけじゃなく「言葉じり」からもひしひし伝わる。これは、役の人間性を言葉のレベルで、相当深く読み取り身に沁み込ませないと難しい演技である。実父との別れ際で見せる「鋭い眼光」も秀逸だった。容易に認めがたい横柄な父への反発のかたわら、父と本音で対峙したことで強固になった「父になる覚悟」「父としての強さ」が、強い目の中にはっきり浮かぶ。実際、このシーン後、彼の顔とまなざしは、未来をしかと見据えた「たくましい気概」を宿して変化し、物語終盤へ向かっている。感情の起伏が見える芝居でも、目黒の演技は一級である。

 『silent』で演じた佐倉想と同様、今回も“動”より“静”に重きを置いた役。そんな中、持ち前の端正で品のある存在感も活かしつつ、顔や言葉の微細な動きで「うねりある心理劇」を巧みに作る。そんな目黒蓮の「細(ディテール)の演技」に拍手を送りたい。

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