日本産水産物の全面的な輸入停止から9カ月。ようやく首相同士が直接議論した意義は大きい。こうしたハイレベルでの対話を重ねることが重要だ。
岸田文雄首相と中国の李強首相が韓国・ソウルで会談した。両氏は昨年9月にインドネシアでの国際会議の際に立ち話をしたが、正式な会談は今回が初めてだ。
東京電力福島第1原発事故の処理水海洋放出を巡り、岸田氏は日本産水産物の輸入停止措置の即時撤廃を求めた。しかし李氏は「核汚染水」の言葉を用いて「海洋放出は人類の健康に関わる」などと主張し、全く応じなかった。
議論は平行線をたどり、両国の溝の大きさが改めて浮き彫りになった格好だ。ただ、事務レベルでの協議の加速で一致したのは評価できる。処理水問題は水産物だけでなく、両国の経済活動全体に暗い影を落としている。今後もトップ同士の対話を継続し、早期解決と関係改善につなげるべきだ。
李氏は会談で、長期的な国際モニタリング(監視)体制の構築を求めた。また、中国側はこれまでの協議で、将来の経済的な被害の発生に備え、日本に損害賠償制度の創設などを要求している。
処理水は、国際原子力機関(IAEA)の下で厳正な監視が行われている。中国を含む海外の専門家によるIAEA調査団の検証作業では「国際的な安全基準に沿って行われている」と評価された。
岸田氏は処理水の安全性に問題はなく、科学的根拠に基づいていないとして中国側の要求を拒否した。過大な条件を提示し、禁輸措置の継続を図ろうとするならば看過できない。
日本側には、習近平国家主席の最側近である李氏を通じて懸念を伝え、問題をトップダウンで前進させる狙いがあるとされる。相手の反応や本心を探る上で、毅然(きぜん)とした考えを示したのは当然だ。
日本は韓国や、中国と緊密な関係にあるアフリカ諸国などと協調し、解決の糸口を模索したい。昨年11月以来となる習氏との会談実現にも力を尽くしてほしい。
日中関係は処理水問題だけでなく、台湾、沖縄県・尖閣諸島周辺海域で相次ぐ中国船の領海侵入など多くの懸案を抱えている。日中双方の利益を追求する「戦略的互恵関係」の推進は、こうした懸案の解決がなければ成し得ない。
李氏は会談で「日本と中国が歩み寄り、建設的かつ安定的な中日関係の構築に努力するよう望む」と語った。この言葉通り、処理水問題を駆け引きなどに利用せず、建設的な議論を求めたい。