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脳卒中について。その59 脳卒中後うつの治療について

06/01 07:30

公立藤田総合病院・佐藤昌宏 福島県立医科大学医学部大学院卒業、医学博士号を取得。同大学附属病院から総合南東北病院、福島赤十字病院、原町市立病院等にて勤務し1996(平成8)年4月から公立藤田総合病院脳神経外科。2008年4月より同病院副院長。専門は脳血管障害の診断と外科治療。日本脳神経外科学会専門医・指導医、福島県立医科大学医学部臨床教授

 1.脳卒中後うつの治療意義

 脳卒中に罹患した後、運動麻痺や言語障害などの後遺症を抱えながら生活することは苦しいものなので、気持ちがすごく落ち込んだり、悲しくなったりするのは当然です。これは誰にでも起こりうる心理的な話になります。脳卒中後は、こうした心理的な負担、ストレス以外にも、脳卒中による脳の炎症や神経ネットワークの障害がうつ症状を引き起こします。

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 脳卒中後うつは、心理学的、生物学的、社会的なさまざまな要因が関与します。脳卒中後うつになってしまうと、その後のリハビリがうまくいかなくなったり、後遺症から回復できなくなったりすることが多くなるため、治療が必要になります。脳卒中後うつを治療した群と治療しなかった群を比較すると、治療した群の生存率が有意に上昇し(図1)、しっかりうつを治療した群は治療しなかった群と比較し、日常生活動作が改善します(図2)。

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 脳卒中を発症した当初は脳の病気が精神を悪くしますが、その次に、精神状態の悪化が脳や体の症状の回復を妨げるという流れに陥ってしまいます。こうならないためにも、脳卒中後うつのしっかりとした治療が必要となります。

 2.脳卒中後うつの治療の実際

(1)薬物療法

 脳卒中後うつも、通常のうつ病と同じように治療します。特に薬物療法は有効で、いわゆる抗うつ薬が使われます。代表薬が選択的セロトニン再取り込み阻害薬のSSRI(脳内のセロトニンを増やす「抗うつ薬」の一種)と呼ばれるものです。セロトニンとは気分調節をつかさどっている脳内神経伝達物質です。

 その他、以前から使用されている三環系抗うつ薬などもありますが、SSRIは従来の抗うつ薬に比べ、効果、副作用の点で優れており、使いやすいといわれています。ただし、抗うつ薬は中枢神経系や消化器科系の有害事象が偽薬に比べ約2倍あるといわれているので注意が必要です。それでも、早く抗うつ薬を利用した治療を始めた方が、リハビリがうまくいきやすく、脳卒中によって失われた機能が回復しやすいことがわかっています。体の元気を取り戻すためにも、脳卒中後うつの早期治療が重要です。

 あらかじめ、脳卒中になった後の早期にうつにならないように、抗うつ薬を内服する予防投与については有効という報告もありますが、どの時期にどの程度の量をどのくらいの期間内服すればよいかという定まった見解はないようです。抗うつ剤の内服は、大まかな目安は内服した状態で調子が良ければそのまま継続し、むしろ多幸的な傾向(すれ違う人全てにあいさつする、一日中理由もなくにこにこしている等)が見られ始めたら徐々に中止する方向で考えます。

(2)運動療法

 脳卒中後うつに対して、運動療法を行うと、うつ症状が改善したという報告があります。運動療法には抗炎症作用があること、また、セロトニンの血中濃度が上昇するという直接的あるいは即時的な効果があるとされています。さらに、運動機能が回復して自己効力感が増したり、日常生活での行動範囲が広がったりすることで、うつ症状が改善することが報告されています。

 どのような運動が効果的かについてはまだ、定説はありませんが、筋力増強運動やストレッチよりは、課題を設定して反復トレーニングを行うタスク指向型トレーニングの方が、よりうつ症状には効果的といわれています。タスク指向型トレーニングを複数行うことは、運動機能や日常生活の改善に有利であり、日常生活の改善を介してうつ症状の改善に役立っていると考えられています。

 また、運動療法は薬物療法に比べて、有害事象はほとんどなく、幅広い対象に対して、安心して実施可能です。脳卒中の場合には早期からリハビリテーションは行われていますので、運動療法の要素を加えたリハビリプログラムを組むことが大切になります。

 具体的には、立ち上がり、歩行などのタスク指向型の運動を複数種類、負荷は軽度から開始してやや長い時間(20分から40分程度)行うことが大切といわれています。本人の性格、職歴、趣味、家族背景などを聞いて、個々にあった声のかけ方や具体的な目標設定を行うことが大切になります。

(3)代替療法

 従来の方法でうまくいかない時にアニマルセラピー、アロマセラピー、音楽療法などの代替療法が有効な場合もあります。

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 次回は、脳卒中後の自発性低下を主体としたアパシー(無感情)についてお話しします。

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