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【処理水の波紋・海洋放出1年】前向く漁師、残る不安

08/22 08:30

9月に再開する本県沖の底引き網漁に向けて漁船を入念に手入れする矢吹さん(右)と鈴木さん=いわき市・江名漁港

 東京電力福島第1原発からの処理水の海洋放出開始から24日で1年となる。放出は計画通り進み、一部の国・地域が続ける輸入規制を除けば、目立った風評はなく「順調」にも見える。今後30年以上続くとされる海洋放出に対する関係者の思いや廃炉に向けた課題を探る。

         ◇

 「処理水の海洋放出を含め廃炉はトラブルがないよう進めてほしい。消費者と漁業者を不安にさせないでほしい」。いわき市の漁師矢吹正美(60)は処理水放出開始から間もなく1年を迎えようとする今月上旬、江名漁港に停泊した漁船「第23常正丸(じょうしょうまる)」を入念に手入れしながらそう口にした。9月には本県沖での底引き網漁の再開を控える。

 昨年8月24日、政府は東京電力福島第1原発にたまり続ける処理水の海洋放出に踏み切った。風評対策や安全の確保を約束する政府に対し、本県の漁業者たちは原発事故直後に本県産水産物の買い控えが発生した苦い風評被害の経験から、放出に反対し続けた。

 矢吹も放出前は、風評の再燃に不安を感じていた。しかし放出後の水揚げでも漁獲物の取引価格「浜値」は下がらず、逆に「常磐もの」を応援しようという機運が全国でどんどん高まった。「やっていける」。確かな手応えをつかみ、ここまで精力的に操業を続けてきた。今年7月には新たに親戚の鈴木令仁(のりひと)(35)も乗組員に加わり、来月からの操業に向けて一層力が入る。「漁師が下を向いていては始まらない。たくさんの魚を水揚げすることが大事だ」

 息子と海の夢

 ただ、原発の廃炉まで30年以上続く処理水放出は始まったばかりだ。不安を口にする漁業者も少なくない。相馬双葉漁協相馬原釜地区青壮年部長の斎藤智英(43)は「大きな風評被害はないとされるが、決して安心はできない」と話す。将来、小学6年の長男と共に海に出て自分の技術を伝えたいと思い描く。「今後、何かのきっかけで風評が生じることだってあり得る。間違いだけは決して起こしてほしくない」。これから先も順調に放出が続くのか。疑問は消えない。

 新規就業最多

 県によると、昨年度の本県沿岸漁業の新規就業者は2009年度以降最多の26人に上った。その約8割の22人が39歳以下の若手だった。一方、昨年の水揚げ量は6644トンと原発事故前の10年のわずか25.6%にとどまり、漁業復興はいまだ途上にある。

 処理水放出が続く中、漁業者は次の世代に福島の海をつないでいく必要性も感じている。いわき市の漁師志賀金三郎(77)は、本県沖だけの操業では水揚げ量拡大に限界があるとし、原発事故後は実現していない、茨城県沖合で漁を行う「入会(いりあい)操業」の再開が必要と指摘する。茨城沖で「大漁」を経験したことのある志賀は「(県内漁業を)若者に魅力的な環境にしないと先細りする一方だ」と本県漁業の再生を強く願う。(文中敬称略)

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