県とJAグループ福島は、東京電力福島第1原発事故で避難指示などが出された12市町村を対象とする「農業の復興・創生に向けたビジョン」を策定した。両者が連携し、被災地農業の将来像をまとめるのは初の取り組みで、2030年度を目標に広域的な産地形成などを目指す。
12市町村の農業を巡っては、避難指示が解除された地区での営農再開の推進を最優先としてきた。今回のビジョンでは、営農面積の拡大に加え、22年度に158億円だった農業産出額を震災前の7割強の274億円に引き上げる目標を新たに掲げた。産出額の設定は営農再開という復旧の段階から、産地間競争にも耐えうる質的な農業復興へと移行する狙いがある。
県の試算では、来年度末には12市町村で耕作可能な農地の7割弱で営農が再開する見通しだ。浜通りでは近年、首都圏に販路を持つ事業者の加工施設が誘致されており、県とJAグループ福島が一定の農地集積を見越し、生産者が十分な収入を得ることができる「稼げる農業」への転換を決めたことは時宜を得た判断と評価できる。
県は農業産出額の増加について、今後整備される生産拠点などの完成により生産体制の拡充などが順調に進むことで実現可能だと試算している。ただ、12市町村で一定の経営規模を有する販売農家の戸数は、震災前の3割に低下しており、施設整備の効果を引き出すには新規参入の推進などの対策が欠かせない状況だ。
今回のビジョンでは、双葉地方を視野に就農希望者が1~2年で生産技術などを身に付けるトレーニングファームを設置する方針を打ち出している。県と市町村には、土地所有者と農業法人などを結び付ける従来の取り組みと併せ、多様な農業人材の確保につなげてもらいたい。
12市町村では、作物への放射性物質の移行を防ぐため表土の剥ぎ取りなどの農地除染が行われてきた。現場からは、営農再開したものの、収穫量が伸びないことが産地化を妨げる壁になっているとして、除染や長期の休耕で失われた地力を回復させる対策の強化が必要との声が上がっている。
県は解決策として、浪江町や田村市で整備が予定される酪農、畜産施設で出た堆肥を使い土壌改良を進める計画を描く。化学肥料などに頼らない広域的な地力回復の取り組みは、持続可能な産地形成のモデルとして注目される利点もある。県とJAグループには、堆肥の運搬や貯蔵などを円滑に進める体制を整えることを求めたい。