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バドミントン県勢5人闘志、あすから登場 パリ五輪

07/27 08:00

 【パリ=報道部・佐藤智哉】パリ五輪は27日(日本時間27日午後)、各競技が本格的に始まる。同日開始のバドミントンには、いずれも富岡高卒で女子シングルスの大堀彩(27)=トナミ運輸、会津若松市出身、男子ダブルスの保木卓朗(28)、小林優吾(29)組=トナミ運輸、混合ダブルスの渡辺勇大(27)、東野有紗(27)組=BIPROGY=が出場する。

 1次リーグが31日(混合ダブルスのみ30日)まで行われ、シングルスは上位1人、ダブルスは上位2組が決勝トーナメントに進出する。27日午後9時10分(日本時間28日午前4時10分)に保木、小林組が登場。28日午前11時(同28日午後6時)に大堀、同日午後9時10分(同29日午前4時10分)に渡辺、東野組が出場する。

 福島で強くなった

 福島で出会い、青春時代を共に過ごした5人が27日(日本時間28日未明)から、今度は同じパリの舞台に立つ。バドミントン日本代表として五輪に臨む保木卓朗、小林優吾、大堀彩(トナミ運輸)と東野有紗、渡辺勇大(BIPROGY)は2008~10年に富岡町の富岡一中に入学し、富岡高卒業まで一緒に汗を流した盟友だ。5人は「富岡に来て本当に良かったと思っている。活躍して富岡、福島に恩返しがしたい」と思い描く。

 震災経てたくましく「何だってできる」

 人生であれほどつらいことはなかった」。5人がそろって口にするのは11年の東日本大震災と東京電力福島第1原発事故のことだ。当時、保木と小林が富岡一中の3年生、大堀と東野が2年生、最年少の渡辺が1年生。大堀は「大きな揺れと津波、そして原発。トラウマのように頭にある」と振り返る。選手の脳裏に震災の記憶は薄れることなく残っている。

 3月11日は保木と小林の卒業式だった。式を終え、2人は高校生活に向けて思い思いの時間を過ごし、下級生の3人は高台にある富岡高体育館で練習を始めた時、大きな揺れに襲われた。

 体育館の天井から水銀灯が落下するほどの激震。翌日にはわずか10キロほどの距離にある第1原発の建屋が水素爆発した。「死んでしまうかもしれない」。選手は散り散りに実家へ避難を余儀なくされた。

 震災から2カ月後。富岡町の練習拠点を失い、直線距離で80キロ余り離れた猪苗代町でようやく授業と部活動が再開された。慣れない生活に加え、転校した部員もいるなど失ったものも多かったが、何より感じたのが日常のありがたさだった。

 「周りの方にたくさん配慮してもらった」。渡辺が言うように人の温かさに触れ、当たり前のようにバドミントンをできる喜びを実感した。それが、どんな場面でも決して諦めない「富岡魂」の原点になった。  富岡高で5人を指導した大堀の父均さん(56)=トナミ運輸ヘッドコーチ=は「それぞれに挫折も苦しみも味わい、それでも歩みを止めなかった。富岡、猪苗代で培った戦う姿勢、諦めない心、感謝の思いが五輪につながったと思う」と選手たちへ思いをはせた。

 そして決戦を前に、大堀や保木がこう語っていた。「震災は人生で一番怖かった出来事で、きっとあれ以上怖いものがないと思えば強気になれるし、何だってできると思える」。震災を経て、たくましくなった5人の選手たちが「富岡魂」を胸にコートに向かう。

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