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活字媒体は「考える力」育む 酒井邦嘉教授インタビュー

09/24 10:30

「新聞に目を通したり、紙の本で読書したりするのが脳を育てる第一歩」と話す酒井教授
脳からみた言語と思考の仕組み(酒井教授提供)

 東京大大学院総合文化研究科の酒井邦嘉教授を招いた講演会「想像力、創造力を生む『読む力』」(福島民友新聞社の主催、県、県教委などの後援)が11月24日、福島市のホテル福島グリーンパレスで開かれる。言語に関する脳の働きを研究する言語脳科学の観点から、新聞や本を読むことが脳にもたらす効果などを解説する。

申し込み方法はこちら

 講演会に先立ち、酒井教授に新聞を含め活字媒体と脳の関わりや、AI(人工知能)技術と今後の教育の在り方について考えを聞いた。(聞き手・編集局長 丹野孝典)

 関心ある記事、脳が探す

 ―活字媒体は音声媒体や映像と比べ、脳の働きにより良い効果があるとされる。特にどんな分野で役に立つのか。

 教育面での効果が高い。脳に入ってくる情報量は文字、音声、映像の順で増える。文字で伝えられる内容には限りがある半面、人間の脳は情報が足りない分を想像力で補おうとする。新聞や本を読むと、自分のペースで行きつ戻りつを繰り返し、想像力を働かせながら行間を読み解き、書き手が伝えたい意図を考える力が自然と育まれる。音声は聞き逃すと、もう一度話してもらうなど繰り返されない限り理解する機会を失う。映像は一方的に大量の情報が流れ込み、展開を追うだけになってしまいがちで、想像したり意味を解釈したりするのが二の次になる

 ―活字媒体に触れる機会の意義は。

 世の中で本当に起きていることを想像して、適切に行動することが日々求められている。例えば、台風の進路や感染症流行などの情報が文字と図で与えられれば、どう対処すべきなのかをじっくりと考えることができる

 ―新聞は端的な文章や写真と図表、解説性のあるコラムや社説を掲載して読者に情報を届けている。脳の働きとの関わりは。

 新聞を開けば、自分の読みたい記事が瞬時に見つかる。8月にフランスの俳優アラン・ドロンさんが亡くなったが、名前や写真がある記事に目が留まり、代表作や往時の姿が頭に浮かんだ読者もいるだろう。これがインターネットでは、『アラン・ドロン』で検索するか、限られたヘッドラインで目にするしかない。脳は検索単語を入力しなくても、紙面の中で関心がある記事を自動的に探し出せる。新聞の方がハイテクだと言える

 ―一方で、新聞離れが進んでいる。

 メディアが多様化したためだが、紙面は一覧性に優れており、見出しを縦や横にしたり大きくしたりして、記事が目に留まりやすいよう工夫されている。写真や図表を駆使することで内容も分かりやすい。インターネットの記事は同じようなデザインの見出しが並ぶだけで、閲覧回数や広告にも左右される。新聞は記事の内容に合わせてデザインを工夫することで、インターネットにない特徴を発揮することができ、存在価値を高められる

 ―さまざまな情報を学習し、文章や画像を作る生成AIについて見解を。

 現状のAIは人間を軽視した技術に過ぎない。AIは脳を使わないで済ませる技術だから、少しでも教育現場に持ち込まれれば、大きな混乱を招く。子どもたちは作文を書く時などにAIに依存してしまうし、大学生もタイムパフォーマンス(費やした時間に対して得られる効果)を稼ごうとリポート作成で使う結果、肝心の文章力や思考力、そして創造力までもが衰えてしまう。生徒や学生が自分で書いたのか、AIを使ったのかの判別が難しく、正しく評価できずに教師との信頼関係も失われる。しかし、国はAIの積極的な導入を進めている。経済が優先されて社会が犠牲になると危惧している

 ―生成AIを「賢く使おう」という風潮がある。

 生成でなく『合成』に過ぎないAIに対して、リスクを無視した危険な風潮だ。特に文字種の多い日本語では、読み方や意味が文脈に左右される。例えば、『上手(かみて)から現れた歌舞伎役者は一枚上手(うわて)で演技も上手(じょうず)だ』という文を考えてみれば、適切に意味解釈のできないAIは無力だ。質問や文章作成などに応じるAIは『対話型』と呼ばれているが、正しくは『対話風』と言わなければならない。相手の心や意図を推理、想定できずに疑似的な応答しかできないからだ。真偽不明な情報がさらに拡散される恐れもある

 AI、教育現場に混乱も

―脳科学の視点から、昨今の教育現場の現状をどう捉えているか。

 複数のことを同時にこなす『マルチタスク』や、真の理解に対する指導が軽視されている。教師の話に集中させようと、途中でメモを取らないように指導する小学校の先生もいる。しかし、車の運転を例に取ると、信号や標識を見落とさないばかりか、前後の車の動きに注意し、歩行者にまで配慮しなくてはならないマルチタスクだ。授業でも、生徒が教師の話を聞きながらメモを取り、考え、要点をまとめ、そして質問することが求められる。それは人間の脳のなせる業であり、自然と育むべき能力なのだ

 ―脳を育てるために大事なことは。

 徹底的に使って鍛えること。それには新聞に目を通したり、紙の本で読書したりするのが第一歩。タイムパフォーマンスやコストパフォーマンス(費用対効果)など気にせず、自分の好きなことで脳を自然に育んでいくのが一番だ

 さかい・くによし 1964年東京都生まれ。東京大理学部卒、同大大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。同大医学部助手、ハーバード大医学部リサーチフェロー、MIT言語・哲学科客員研究員を経て現職。著書に「言語の脳科学」(中央公論新書)、「脳を創る読書」(実業之日本社)、「デジタル脳クライシス」(朝日新書)など多数。

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