【2】川俣シルクが結んだ縁 コスキン・エン・ハポン開催事務局長・斎藤寛幸

10/16 15:00

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江戸時代から続く絹文化がコスキンと川俣を結び付けた。愛するコスキンのためにも上質な川俣シルクを作り続けていきたい

 異文化の中南米音楽が川俣町に根付いたのは、必然だと思っている。 川俣は言わずと知れた絹の町。江戸時代には養蚕や絹織物業が栄える町として知られていた。来春からの朝ドラ「エール」のモデル古関裕而は銀行員として働いた2年ほど川俣に住み、機織りの独特なリズムを聴きながら曲作りに励んでいたそうだ。 私の家も明治時代の終わりから100年続く「機屋(はたや)」。4代目の私はその歴史の長さを感じながら、上質な「...

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