田村市船引町にのれんを掲げる創業87年の「ヱビス食堂」は、昔ながらのレシピにこだわり、変わらない味で地元住民の胃袋を満たしている。店を切り盛りするのは3代目店主の西須良二さん(71)、せつ子さん(70)夫妻。西須さんは「お客さんが来てくれたからお店を続けてこられたわけで、お客さんに感謝ですね」としみじみ語る。
1937年に現店舗近くで、西須さんの祖父母が丼物やうどん、そばを提供する大衆食堂を創業したのが始まり。祖父三郎さんは腕の良い猟師で店を空けることが多く、祖母キヨエさんが従業員の女性たちと食事を用意することが多かった。
61年に移転新築したのが現店舗。当時小学2年生だった西須さんは「うちみたいな大衆食堂は少なくなりましたよね」と年季の入った店内を見渡しながら話す。
安さにこだわり
看板メニューの中華そばは、キヨエさんが東京へ修業に出向き、作り方を学んだ一品。豚骨と魚介から取っただしで作ったスープに、麺は地元田村市の製麺所のものを使用。シンプルで飽きのこない老舗の味を愛してやまないファンは多い。
また、人気のカレーライスは、カレー粉と小麦粉、ラードを合わせてルーを手作りする。ルーを煮汁で少しずつのばして仕上げる昔ながらの作り方がどこか懐かしさを感じる味のポイントだ。
目を引くのがメニューの安さだ。中華そばは500円、カレーライスは600円と、ほとんどのメニューを20年以上値上げしていない。西須さんは値上げをしない理由について「お店に来てくれる人たちへの恩返しかな」と笑った後、「この値段でやっていくのがこだわり。少しのもうけで長く続けることが大事だと先輩方から教わりました」と続けた。
西須さんが心に残る思い出の一つに、13年前の東日本大震災がある。店は大きな被害を免れたため、西須さんは近くのスーパーで材料を調達し、メニューを絞って営業を続けた。数年後、会津若松市から来店した男性が避難所生活中に同店を訪れていたことを告げられ、感謝された。「震災の時に温かい食べ物を食べることができて元気をもらったと言ってくれた。大変だったけれど店をやっていて良かったと思った瞬間かな」
お客さんに感謝
店を構える田村市は全国でも有数の葉タバコ産地で、かつては店の近くに葉タバコの集荷場があった。「お客さんが入れ代わり立ち代わり入ってきてくれて、あの頃が一番活気づいていた」。西須さんとせつ子さん、両親、キヨエさんの5人で営業していた昭和の時代、葉タバコを納付した人たちで昼時は2階席まで常に満席だった。
以前のような客足ではなくなったものの、西須さんの口からは変わらず足を運んでくれる客への感謝の言葉が尽きない。「80歳になっても元気に店を切り盛りしている先輩方がいる。自分も負けないように店を続けていきたいね」と頼もしい一言。人情味あふれる食堂には、古き良き時代の味と心が残っている。(坂本龍之)
■住所 田村市船引町船引字畑添62の4
■電話 0247・82・0104
■営業時間 午前11時~午後2時、午後5時~スープがなくなり次第閉店
■定休日 月曜日(木、日曜日は午前中のみ営業)
■主なメニュー
▽カツ丼=750円
▽親子丼=600円
▽カレーライス=600円
▽みそラーメン=600円
▽タンメン=600円
昭和感漂う座敷席
まるで映画のセット?レトロな雰囲気が漂う店内は昭和にタイムスリップしたような感覚を味わえる。特に1階の座敷席はお茶の間のような造り。元々はキヨエさんが休憩などに使用し、なじみの客を招くうちに憩いの座敷席に。キヨエさんが亡くなった後も常連客を中心に座敷席は大切に利用されている。
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NHKラジオ第1「ふくどん!」で毎週木曜に連携企画
新まち食堂物語は福島民友新聞社とNHK福島放送局の連携企画です。NHKラジオ第1で毎週木曜日に放送される『ふくどん!』(休止の場合あり)のコーナー「どんどんめし」で紹介される予定です。