松尾芭蕉の「おくのほそ道」(以下「ほそ道」)の旅は5日目、平野の果てに至った。関東平野の北縁の山々は東北、北陸へ続く。その山地の入り口の一つが「日光」(栃木県日光市)だ。芭蕉の筆にも力が入る。 旅程を「曽良日記」で見ると旅4日目の3月29日、歌枕「室の八島」の参詣を終えた芭蕉と曽良は壬生(みぶ)を経て、楡木(にれぎ)で日光例幣使街道に入り鹿沼で1泊。 翌4月1日(陽暦5月19日。1689=元禄...
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