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脳卒中について。その63 脳卒中後の精神障害、せん妄の治療

10/01 08:00

 今回は脳卒中後に発症する精神障害の中で比較的多い、せん妄の治療に関してお話しします。治療に関しては薬物療法と非薬物療法があります。

 1.薬物療法

 せん妄の薬物療法は一般に「せん妄の発症の予防」と「せん妄を発症した後の症状マネジメント」になります。

 2.せん妄の発症の予防

 せん妄の発症の予防とはいえ、直接せん妄にならないようにする薬はありません。ただし、せん妄を引き起こす可能性のある薬物の使用を控えたり、よりせん妄になりにくい薬物に変更したりすることがあります。せん妄を誘発したり促進したりする不眠症に対してのアプローチがそれにあたります。

 2013年に出た「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」では「せん妄の予防には夜間睡眠の確保と睡眠覚醒リズムが大事だが、ベンゾジアゼピン系睡眠薬を単独で使用することは積極的には推奨されない」とあります。ベンゾジアゼピン系睡眠薬はこれまで最も使用されてきた睡眠薬で、効果が速やかで注意して使用すれば優れた薬剤ですが、時にせん妄を引き起こす可能性があり、特にせん妄リスクの高い人には、最近では使用を控えるようになってきました。

 最近は脳の覚醒を促進するオレキシンという神経伝達物質の受容体を阻害することで、脳を自然な睡眠状態へ移行させて睡眠障害を改善する薬、オレキシン受容体拮抗薬を使用することが多くなりました。ベンゾジアゼピン系睡眠薬に比べ、せん妄の起こる頻度が減り、より安全な睡眠薬とされています。

 3.せん妄発症後のマネジメント

 せん妄を発症した後は、抗精神病薬という薬が使用されることが多くなります。精神運動興奮状態やせん妄を改善させる意味では有用ですが、副作用として過鎮静になったり、誤嚥性肺炎のリスクがあったり、高齢認知症患者では死亡率を上昇させるとの報告もあります。また、一部の薬剤では糖尿病の方には禁忌となっているものもあり、注意が必要です。使用する場合には、本人や家族に十分に説明を行い、理解してもらう必要があります。

 4.非薬物療法

 非薬物療法としては、前回お話ししたせん妄の3つの因子のうち、促進因子への介入になります。促進因子とは、誘発因子ともいわれ、せん妄を発症しやすい状態に近づけて、発症、悪化、遷延化(長引くこと)につながるものです。精神的因子(不安、抑うつ)、身体的因子(痛み、便秘、尿閉、脱水、身体抑制)、環境因子(入院、集中治療室、騒音)、睡眠(不眠)など周囲の環境や本人のコントロールが効かない状況をいいます。せん妄発症予防の観点からも、せん妄発症後の治療の観点からも、できるだけこれらの要因を取り除くことはとても重要になります。

 具体的には、カレンダーや時計を近くに置いて、日付や時間がわかるようにしたり、慣れ親しんだ家族や友人、ペットなどの写真を周囲に置いたり、日常使用する用品を近くに置いたりして不安解消につなげます。

 また、睡眠覚醒リズムを整えるために、昼夜のメリハリをつけることが大切です。日中はカーテンやブラインドを開けて、太陽の光を部屋に入れて、ベッドも窓際に置いたりすることも一つの方法です。夜間は暗すぎると不安を覚えたり、混乱してしまったりすることがあり、転倒リスクも高まりますので真っ暗よりは薄明りが良いと推奨されています(図)。

 痛みや便秘、尿閉などの身体的苦痛もせん妄につながりますので、できるだけ身体的因子や精神的因子が無いかどうかを定期的に評価して、適切な治療を行うことが、せん妄を予防する上では大切です。

 不安を軽減する上で重要なのは、家族の存在です。家族がそばにいるだけで本人は安心し、せん妄を軽減できることは臨床上よく経験することです。家族の肉体的、精神的負担を考慮しながら、できるだけ付き添うことは、せん妄を抑えることや治療効果を高めることにもつながります。

 せん妄状態にある人に対しては、医師だけでなく看護師、リハビリスタッフ、ケアマネージャー、薬剤師、介護士、家族など多職種で定期的にカンファレンスを開いて情報共有することが、せん妄を軽減させ期間を短縮させるために重要になります。

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 次回は、脳卒中後の合併症の誤嚥性肺炎についてお話しします。

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