宗像窯を離れて修業をしたのは、父と親交がある島根県出雲の「出西窯」だ。 この窯は戦後、農村の5人の若者が共同体で一から始めた窯。哲学者で僧侶の山本空外上人を精神的支柱として作陶を続けていた。 その教えを「無自性」と言う。「人は周りの人や大自然の大きな力で生かされているのであって、自分の手柄などどこにもない」という意味だ。 空外上人は時折、窯を訪れて講話した。修業中の私も話を聞くことができ、作品は...
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