警察庁は、交流サイト(SNS)で犯罪の実行役を募る闇バイト対策として、捜査員が架空の身分証を使って犯人に接触する「仮装身分捜査」を導入する方針を固めた。来年早期の実施を目指す。
闇バイトに絡んだ強盗事件が首都圏を中心に相次ぎ、死傷者が出ている。仮装身分捜査を厳格に運用し、犯罪の摘発と抑止につなげることが急務だ。
犯人グループはSNS上に詳細を明かさず求人情報を出し、応募者に運転免許証の画像などを送信させる。個人情報を使って脅し、犯行に加担させるのが手口の典型だ。仮装身分捜査には強盗の実行前に集まったメンバーの摘発に加え、闇バイトの募集や応募をためらわせる狙いがある。
仮装身分捜査の導入は以前にも検討されたが、身分証の偽造が違法行為に当たるとの懸念が残るなどして導入は見送られた。警察庁は今回、刑法にある「法令または正当な業務による行為は、罰しない」という規定を踏まえ、違法性は阻却されると判断した。
SNSに対応した新たな捜査手法の必要性が高まり、導入に踏み込んだ形だ。本来なら違法となる行為を捜査に取り入れることは避けたいが、卑劣な手口や被害の現状を踏まえればやむを得まい。
懸念されるのは仮装身分捜査の対象が闇バイト以外にも拡大することだ。捜査員が積極的に身元を偽る手法が乱用されれば、人権侵害や身分証の社会的な信用の低下などを招く恐れがある。
警察庁は、仮装身分捜査を闇バイト以外の事件には適用しないとしている。今後、具体的な運用指針が策定されるが、法的拘束力のない指針では適用範囲の解釈がなし崩しになりかねない。
指針から逸脱した仮装身分捜査が現場の判断で正当化されぬよう、歯止めが欠かせない。法令で闇バイトを定義するなど、適用範囲を明確にすべきだ。
闇バイトの根絶に向けて重要なのは実行犯のみならず、首謀者を特定し摘発することだ。仮装身分捜査の狙いの中には、首謀者らにつながる情報の収集がある。ただ犯行グループの情報のやりとりには海外の通信アプリが使われている。日本の捜査権は外国では通用せず、アプリ事業者の通信データを差し押さえることは難しい。
政府は追跡捜査の障壁を低くするため、外国の捜査機関との連携に加え、アプリ事業者に対して日本法人の窓口設置などを促す。適正な捜査の範囲で、迅速に犯行の証拠となるデータの提供を受けられる環境を整える必要がある。