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後発のコミックサイト「ハヤコミ」勝算は? 海外小説の漫画化をアドバンテージに「アルジャーノンはぜひ漫画化したい」

08/01 09:10

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世界の名作SF・ミステリーのコミカライズに注目が集まる「ハヤコミ」。

 先ごろ、早川書房よりコミックサイト「ハヤコミ」 の開設が発表された。電子コミック市場としての拡大は約束されてはいるものの、如何せん、“後発”の感が否めないのも事実。だが、同社は他の出版社には出来ない、珠玉の海外小説をコミカライズしていくという、文字通りの“奥の手”を使ってきた。第一弾として、20世紀最高のSF作品『ソラリス』と、ご存じアガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』の漫画化を敢行することからも、その本気度が伺える。同社の事業本部/編集企画室・山口晶氏に話を聞いた。

【画像】名作をどこまで再現できた⁉ 『そして誰もいなくなった』「『ソラリス』のコミック版を一部公開

■「ハヤコミ」開設の発表は好意的に受け入れられた「『〇〇を漫画にしてほしい!』というリクエストが多く届いている」

――7月23日より、コミックサイト「ハヤコミ」 をオープンしました。改めてコミックサイト開設の意図と経緯をお聞かせください。

【山口晶】小説のコミカライズに関しては、4年ほど前から少しずつ動き出していました。来年80周年を迎える早川書房には、名作と呼ばれる小説がたくさんある。そのコミカライズ版をどう世に出すべきか? やはりコミック読者の消費傾向を考えると、WEB上で連載として進めるのがベストという具体的な指針が決まったのが昨年。いきなり紙版や電子版コミックとして展開するのではなく、やはり連載を読んでもらってSNSで話題化していった方が良いという結論に至りました。

――早川書房さんと言えば、“洋書”が強いイメージを大半の方が想起するはずです。SFの金字塔『2001年宇宙の旅』(アーサー・C・クラーク)から、日本でも特に人気の高い『アルジャーノンに花束を』など、多数の名作を抱えています。一方で小説のコアファンになるほど、メディアミックスについて難色を示す方も一定数は存在するものです。コアファンをも取り込むためにどのような指針を設けられたのでしょう?

【山口晶】大昔は、そういったコアファンがライト層を怖がらせたり、時にマウンティングしたりという時代もあったとは思うのですが、今はそういうマインドのコアファンは極端に少ないと思います。むしろ、SFやミステリの魅力をもっと知って欲しいというファンがほどんどです。ですから、今回の「ハヤコミ」開設の発表をした際も、SF、ミステリのファンのみなさんからも好意的な声が多かったです。1番多かったのは、「〇〇を漫画にしてほしい!」っていうリクエストですね。それもかなりの数がきています。

――確かに、日本における名作と呼ばれるSF映像作品の下地、ルーツとなった小説を正当な流れでコミカライズしたら、どのような作品になるのか? むしろ、コアファンの方が今回の発表で胸が躍りますね。第一弾の発表として『ソラリス』(1961年発表、20世紀のSFを代表する作品のひとつ)のコミカライズを発表したことからも、その本気度をくみ取ったファンも多いでしょう。

【山口晶】そういった熱量の高い方にも満足できるようなマンガ作りを行っています。原作小説の担当編集もコミック版を細かくチェックして、原作の精神をしっかりと移植できるよう徹底的に話し合っています。

――因みにメディアミックスを行う際、原作に忠実なアプローチと、オリジナルの要素を入れ込んだアプローチの2パターンがありますが、基本的にはどちらを尊重していますか?

【山口晶】基本的には原作に忠実な形で進めることを前提にしています。漫画版を読んだ読者が原作の基本的なストーリーをきちんと追えることが重要だと考えています。また、今回の「ハヤコミ」開設の狙いの1つとして、海外への版権販売という点がかなり大きなウエイトを占めていますので、海外の原作ファンも納得させないといけない。

――文字ではなく画で表現するからこそ、原作に忠実であるべきだと。

【山口晶】おっしゃる通りです。例えば、物語における重要な手がかりの提示の仕方も文字と画では異なります。バレない程度の伏線として画で表現する…そういった脚色は必要な場合もありますが、そこは最低限にして原作通りにというのが基本路線となります。

■小説のコミカライズが“名作”の継承に…「小説を読んだ時と同じ驚きや面白さを提供できる」

――近年、特に映像作品に顕著なのが、原作への配慮の無さ、原作への冒涜という批判を受けることが多々あります。ただし、それはマンガやアニメを原作とした映像作品が主で、既にそこには比較対象としての画が存在してしまうからこそ批判も生まれてしまう。一方、“小説が原作”の場合は比較対象としての画が存在しないため、答えがない。答えがないということは、一定の独自解釈が可能な“余白”がある。これが小説を原作とした強みと言えるのではないでしょうか?

【山口晶】そうですね。キャラクター1つとっても、どういう顔なのか? などは原作に細かく見た目が描いてない場合は、漫画家さんの想像力に委ねることになります。とくに、SF小説というのは読者の想像力に委ねられることが多いと思っています。宇宙人が出てきてもその姿はみな違う形で思い浮かべているのではないでしょうか。映画と同じですが、この小説がこういう絵になるのか! という楽しみがありますよね。

――コミカライズする漫画家の方にとっても、必要以上にノイズを受けることなく、自身の想像の中でのみ描いていたモノを存分に漫画に落とし込める。その作品を若年層にも届けることによって、名作が語り継がれていくことにもなりますね。

【山口晶】我々の狙いとしても、コアな小説ファンだけでなく、コミカライズ版を通して若年層にもリーチしたいと考えています。原作に忠実な漫画版を提供することで、小説を読んだ時と同じ驚きや面白さを提供できるといいなというのが、1つの発信点なんです。若年層にとって、SFは字で読んだら大変だと考える方が少なくないと思うんです。でも、漫画だったら読んでみたい、面白かったら小説版にも挑戦してみよう…というように、どちらを入り口にするもよし。間口を広げることに繋がれば今回は成功だと考えています。漫画版の『日本の歴史』に近いイメージでしょうかね。

――「SF小説」という括りのみで見ると、どうしてもコアファンに支えられている印象が強い。ですが、今回のコミカライズにおいては、必要以上にコアに寄せないという姿勢が明確ですね。

【山口晶】今までのお客様だけのために漫画を作っても、正直、ビジネス上の成長線は描けません。コアなお客様を画でも納得させつつ、幅広い層に読んで欲しい。さらに海外のユーザーにもリーチしたい。コミカライズ第一弾の中にある『そして誰もいなくなった』は、既に6ヵ国に翻訳権が売れています。

――海外展開においても既に準備は整っていると?

【山口晶】仕事柄、海外で開催される出版イベントなどにも訪れる機会が多いですが、現地の出版関係者と話していても「ウチの子どもは漫画しか読まない」という話をよく聞きます。30代のアメリカ人編集者と話した際も「自分は漫画を見て育った」と普通に言ってきます。『推しの子』も好きだと(笑)。日本発の漫画がここまで浸透しているのならば、皆が知っているような原作をコミカライズすれば世界中の人が読んでくれるのではないか?  海外展開を視野に入れてコミカライズを進めることで、“早川書房ならではの強み”を存分に活かせるのではと考えています。

■本人の希望で森泉岳土氏が『ソラリス』をコミック化、「見事に森泉さんの作品に落とし込んでくれています」

――改めて“早川書房ならではの強み”について、具体的にお聞かせ下さい。

【山口晶】弊社は「ワン アンド オンリー」を社是としていて、基本的に他の出版社さんとはバッティングしない編集スタンスをとってきました。その強みは今回のコミカライズにも反映されています。他の出版社で海外の名作をコミカライズしようと思って版権交渉をしても、かなり難しいと思います。エージェントや出版社として長年に渡るお付き合いがあるからこそ、快く許諾を得られる。実は『ソラリス』も、恐る恐るコミカライズの申し入れをしたところ、「良いんじゃない?」ぐらいの短文メールが帰って来まして(笑)。

――関係の深さを物語っていますね(笑)。

【山口晶】アガサ・クリスティーも出版だけでなく、以前からマーチャンダイジングとしてTシャツやトートバックなどの販売を弊社で行っていたことから、コミカライズの話にも非常に前向きで、先方から海外展開もしていこうという話をもらいました。今回の取り組みをきっかけに、他の権利者からも「マンガにしてくれ」と逆に進言してくるようになれば、より面白いなと。

――ファンからも「〇〇をマンガ化してほしい!」などの要望が多数届いているとのことですが、作画する漫画家さんにとっても腕が鳴る名作が数多くあります。マンガ家さんの熱量も他社とは異なる期待が持てますね?

【山口晶】今回、『ソラリス』は森泉岳土さんに担当して頂いたのですが、森泉さんに最初にお会いしたときに、早川書房の作品でどれをコミカライズしたいですかとお聞きしたら、『ソラリス』と仰ったんですね。え、難解で知られるあの『ソラリス』を? と驚きましたが、本人がそう言っているのなら渡りに船だということでとんとん拍子で話が進みました。現在も鋭意製作中ですが、「腕がもげそう」と仰ってますが、見事に原作を森泉さんの作品に落とし込んでくれています。

――ご自身のXにも進捗を公開していますが、気合の入り方が画からも伝わってきます。ただ、大作・名作が下地なだけに過度な熱量がマイナスに働くことも想定されます。

【山口晶】そこは担当編集が上手くサポートするのはもちろん、先ほども申し上げた通り、原作小説の担当編集もしっかりとサポートをする体制で臨んでいます。翻訳者の沼野充義先生も毎話読んでくれています。原作を知り尽くした人間がサポートすることも「ハヤコミ」ならではの取り組みだと思います。プレッシャーは相当あると思います。ですが、三位一体となったサポート体制で丁寧にチェックを行い、 皆さんが納得するような作品に仕上げる。この体制作りも“早川書房ならではの強み”と言えるでしょう。

■『アルジャーノンに花束を』の漫画化はぜひやりたい! 同じ原作を異なる漫画家さんに描いてもらうのも面白い

――7月23日からは第一弾作品として、『そして誰もいなくなった』(原作:アガサ・クリスティー/漫画:二階堂彩)、『ソラリス』(原作:スタニスワフ・レム/漫画:森泉岳土)、『同志少女よ、敵を撃て』(原作:逢坂冬馬/漫画:鎌谷悠希)の連載がスタートします。今後についてはどのような作品が準備段階に入っているのでしょうか?

【山口晶】その3作品と同時に、キアヌ・リーブス原作のアメコミ『BRZRKR』の連載も始まります。主人公の顔がもろにキアヌ・リーブスなんです(笑)。『BRZRKR』はアニメ化と実写化も決まっていて、アニメ版はプロダクションIGが手掛け、実写版にはおそらくはキアヌ・リーブス自身が出演する形で進行していると報じられています。

――先ほど漫画家さんの熱量の話も出ましたが、漫画家さん側からも「この作品をコミック化したい!」という声も出てきそうですね。『アルジャーノンに花束を』を漫画化したいという作家さんもたくさんいると思います。

【山口晶】『アルジャーノン』の漫画化はぜひやりたいと思っています。あとはどの漫画家さんに描いて頂けるかですね。誰がベストなのかを最近はずっと考えてます。

――『アルジャーノン』漫画化の権利をユーザー投票で勝ち抜くというのもありかもですね。

【山口晶】同じ原作を国内の異なる漫画家さんに描いてもらうのも面白いかなとも思っています。いろんなバージョンの『アルジャーノン』があってもいい。とにかく、「ハヤコミ」をハブにして、いろんなクリエーターの方がやりたい作品をコミカライズしていってもらって、世界の読者に届けていきたいですね。

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