この試算で、国民が保険料を納めれば老後が安心と感じることができるのかは疑問だ。
厚生労働省が、公的年金の健全性を5年に1度点検する財政検証の結果を公表した。過去30年と同程度の経済状況が続く標準的なケースでは、現役世代の収入と比べた年金額の給付水準は本年度の6割強から、33年後の2057年度には5割強へと低下し、その後は下げ止まるとした。政府が法律で定めた「現役収入の50%以上」の水準は維持される。
女性や高齢者の労働参加が進み、保険料収入が増えることで公的年金の給付水準は前回の検証結果より改善した。厚労省の方針を踏まえ、制度を改正した場合の試算では、パートら短時間労働者の厚生年金への加入拡大などにより給付水準が底上げされるとした。
この試算は、少子化対策などを考慮した上で、女性1人が産む子どもの推定人数の出生率が昨年の1.20より0.16ポイント高く想定している。実質賃金が増えることや株高なども加味したものだ。楽観を積み重ねることで、ようやく給付水準50%を確保した形だ。この試算でも若い世代になるほど受給開始時の水準は低くなる。
この試算を基に年金政策を組み立てるのは、極めて危うい。
厚生年金の受給がない、老齢基礎年金のみの給付水準は現行制度を維持した場合、50年代半ばで25.5%と算出した。法改正により、厚生年金の受給者が増えていく見通しだが、国民年金のみの受給者もゼロにはならない。
国民年金の給付水準を維持するには納付期間の延長などが必要と考えるのが自然だ。しかし、今回の試算で厚生年金を含めた水準が目標の5割を超えたことを理由に、厚労省は延長を含めた改革は見送る方針を示している。
見送りの背景として、内閣支持率の低迷を挙げる指摘も聞かれる。支持率のさらなる低下を避けるために、延長を先送りしたとの見方だ。年金制度は、国民が老後を含めた生活設計の根幹をなすものだ。目先の支持率の懸念が年金政策の方向性をゆがめることは、万が一にもあってはならないことは、くぎを刺しておきたい。
政府は給付水準低下への備えとして、少額投資非課税制度(NISA)の活用などを呼びかけている。ただ、こうした制度を利用する余裕のない世帯は多い。国民に自助努力を求めるならば、政府にはより抜本的な歳出削減などによって、保険料以外の点で国民負担を軽減する責務が生じることを忘れてはならない。