葛尾村に工場を構え、約40年間、レンズ研磨を中心に手掛けてきた。東京電力福島第1原発事故で避難を余儀なくされたが、震災後わずか約3カ月で本宮市に新たな工場を設け、操業再開を果たした。 1973(昭和48)年、創業者が葛尾村出身という縁から同村で操業を開始。従業員25人のうち、半数が同村出身者で地域とのつながりが強かった。震災が起き、機械の一部に不具合が生じたものの数日後には業務を再開予定だった...
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