米大統領選に向けた集会でトランプ前大統領が銃撃された暗殺未遂事件は、暴力により民主主義とその根幹をなす選挙をゆがめようとするもので断じて許されない。民主主義に向けられた凶弾だ。
トランプ氏に発砲したとみられる男は、発砲直後に射殺されているため、直接的な動機などの解明は難しい状況だ。背景には、トランプ氏が政治の表舞台に登場して以降、彼を支持する層と、反発する層との根深い分断がある。トランプ氏が分断をあおり、利用することで支持を拡大してきたことは紛れもない事実だ。
しかし、そのことをもってトランプ氏への凶行が正当化されることはない。
バイデン氏は「米国にこの主の暴力が入り込む余地はない。誰もが非難しなければならない」と述べ、トランプ氏を批判するテレビコマーシャルを当面見送ることも決めた。一方、トランプ氏は共和党の全国大会に姿を見せ、健在をアピールした。大統領候補の指名を受け、対立姿勢よりも国民の団結を強調する意向とされる。
両氏の軌を一にした対応は、党派を超えて暴力で民主主義を脅かすことを許さぬ姿勢を示すものだ。事件による分断の深刻化を避けようとする姿勢は評価できる。
両陣営の支持者などの動きが気がかりだ。トランプ氏の支持者からはバイデン陣営、民主党がトランプ氏への非難を強めていることを事件の遠因と指摘する声が公然と出ている。動機などが過剰に解釈されて新たな陰謀論の種となり、分断や両氏などへの攻撃のきっかけとなる懸念も拭えない。
前回の大統領選後に発生した、トランプ氏の支持者が選挙結果に納得せず議会を襲撃した事件も、こうした陰謀論が背景にある。
両陣営には、有権者に対する根拠のない臆測や相手陣営への暴力の扇動などと受け取られかねない言動を慎むことが求められる。
政治を巡る分断や、言論を軽視するような行為が世界にはびこっている。安倍晋三元首相の暗殺事件や岸田文雄首相への銃撃事件、都知事選の選挙とは無関係なポスター掲示などの問題もその潮流の中に位置付けられるだろう。民主主義は危機的状況にある。
米国は度々、政治家が襲撃されるなどしながらも、自由を重んじ、民主主義を体現する国として長く信頼を得てきた。それは痛ましい事件が起こるたびに、暴力に屈しない姿勢を政治家らが示し、それを国民が支持してきたからだろう。米国が民主主義を守れるかを世界が注視している。