日本と中国の両政府による合意は、日本産水産物の輸入再開に向けた入り口に立った段階だ。日本政府は楽観を排し、着実に課題に対処する必要がある。
東京電力福島第1原発の処理水の海洋放出を巡り、日中両政府はおととい、中国が日本産水産物の輸入を段階的に再開する方向で合意した。国際原子力機関(IAEA)が実施している海水などのモニタリング(監視)を新たに拡充することを踏まえた対応で、岸田文雄首相は「規制の撤廃につなげていく」と述べた。
処理水を「核汚染水」と呼んで危険視する中国は、海水など試料の独自採取を求めていた。日本はこれを拒否し、国の主権や科学的な客観性を保つため、IAEAの枠組みの下で監視体制を拡充する方向で協議を続けてきた。
今回の合意は中国が歩み寄ってきた形だ。海洋放出から1年余り進展のなかった協議が一定程度、前進した意義は大きい。
中国が歩み寄ってきた要因として、低迷する自国経済への影響や、処理水の安全性について理解が広がる国際世論の動向などを考慮したとの見方がある。処理水問題を外交カードとして利用して揺さぶりをかけたものの、これ以上強硬姿勢を取り続けるのは得策ではないと判断したようだ。
輸入再開への方向性は一致したが、中国は合意の発表に際しても海洋放出への反対姿勢を改めて示し、自国の対応の正当性を強調した。水産物の輸入は直ちに再開されるわけではなく、中国が加わった新たな監視活動の結果を踏まえて調整が進められる。
中国の事情のために、新たな監視の枠組みが利用されることがあってはならない。日本とIAEAには、公平公正性を確保する厳格なルールの策定が求められる。
輸入再開の対象として中国の念頭にあるのは、海洋放出後に輸入を停止した水産物とみられる。安全性が確認されていながら、禁輸措置が続く本県産食品が取り残されることへの懸念は根強い。
国際的な枠組みの下で輸入規制緩和の糸口を見いだした今回の合意形成の取り組みは、全面的な禁輸撤廃に向けた足掛かりとなる。日本は国際社会との協力関係をさらに強固にし、中国に禁輸撤廃を働きかけることが重要だ。
海洋放出を契機に改めて明らかになったのは、貿易に関して中国への依存度が高いと、今回のような問題が起きたときに大きな打撃を受けることだ。日本政府は漁業関係者への支援を強化し、貿易ルートの多角化を進めてほしい。