今回も脳卒中の後遺症とリハビリについての続きです。今回は筋痙縮に対するボツリヌス療法の詳細についてお話します。
痙縮に対するボツリヌス療法
痙縮とは、麻痺した手足の筋の緊張が異常に強くなる状態で、上肢では手指が曲がったまま伸びなくて手が洗えなくなったり、痛みが出たり、肘が屈曲したまま伸びなくなったり、上肢が胸にくっついたままになったりします。また、下肢では膝や足がつっぱってしまい歩きにくい、つま先が引っかかる、はさみ足になってしまう、足がこわばって痛みが出るなどの症状を起こします。その状態が長期間続くと痛みがさらに強くなったり、関節の動きが制限されてリハビリが困難になったり、歩行が困難になるなど、日常生活に支障が出てきます。 また、さらに痙縮が高度になると関節が変形してしまう拘縮という状態になったり、褥瘡(床ずれ)ができてしまったりします。食事、排泄、入浴、更衣など自分自身の日常生活が妨げられるだけではなく、自信喪失や自己イメージ悪化につながり、また、介護人の負担も高度になります。これらの症状を和らげるには、異常に緊張した筋肉を緩ませる治療が必要です。そのままにしておくと筋肉や関節が固くなり、より一層症状が悪化することがあります(図1、2、3)。
そんな痙縮の治療の一つにボツリヌス療法があります。これは、ボツリヌス菌から産生されるボツリヌス毒素を痙縮のある筋肉に直接、注射をする(施注と言います)方法です。ボツリヌス毒素は神経筋接合部に作用して筋の過度な収縮を抑える効果があります。ボツリヌス菌を注射するわけではないので、ボツリヌス菌に感染することはありません。上肢の痙縮では肩関節の内転・内旋、肘関節の屈曲、手関節・手指の屈曲、下肢の痙縮では股関節の内転・内旋、膝関節の伸展あるいは屈曲、足関節の底屈内反などを呈することが多いですが、施注で手足の筋肉が柔らかくなり、動かしやすくなります。 それにより更衣、移乗、歩行などの日常生活が行いやすくなるほか、関節が動かしやすくなるため、手のひらや脇の下、陰部などの清潔を保ちやすくなったり、痙縮による痛みが軽減したりします。そのため、リハビリがしやすくなり、経済的負担と介護負担の軽減、医療費の削減にもつながります。さらには自分でできることが増えて自尊心の回復にも役立ちます。
◆治療方法
治療の前にまず診察を行い、対象となる筋肉の痙縮のパターン、強さや痛みを調べ、リハビリスタッフとカンファレンスを開いて目的筋と薬物の投与量を決定します。上肢では最大240単位、下肢で300単位、上下肢同時に施注の場合には最大360単位まで投与可能です。目標筋肉の同定には筋電図や超音波装置を使用します。ボツリヌス療法は、ボツリヌス製剤の安全性および有効性を理解して、その施注手技に関する講習・実技セミナーを修了した専門の医師のみが施注できることになっておりますので、安心して治療を受けられます。
◆期待される効果
過剰な筋緊張が低下すれば、痙縮による症状は緩和されます。筋痙縮が和らぎ、日常生活が送りやすくなります。効果は施注後1~3日目から現れ、通常は3~4か月持続しますが、薬物の効果は徐々に薄れてきます。症状が元に戻ったら、また繰り返して投与することを検討します。繰り返し治療を行っても安全性に問題はありません。
◆注意事項
筋肉に直接、針を刺すため、血液が固まりにくい方や血液が固まりにくくなる薬を内服されている方では止血に時間がかかり、出血する恐れがありますが、針はとても細く、通常は休薬せずに包帯を巻いておけば安心です。事前に薬剤名を調べておくことが大切です。
【ボツリヌス療法の副作用】
ボツリヌス療法を受けた後に副作用として次のような症状が現れることがあります。これらの症状は多くが一時的なものです。
●注射部位が腫れ、発赤、痛みを感じる
●体がだるい
●力が入りにくい、立っていられない、歩行時に転びやすくなる
ごくまれに、吐き気、呼吸が苦しい、全身が赤くなる、ものが飲みにくいなどの症状が出ることがあります。もしこのような症状が出たら、すぐに医師に相談してください。
痙縮で困っている、悩んでいる、実際に苦しんでいる患者さんが、地域には大勢いらっしゃるのではないでしょうか。是非、痙縮でお困りの方がいらっしゃれば、お気軽にご相談ください。インターネットで「手足のつっぱり」で検索すると、治療可能な専門の病医院を探すことができます。
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次回はこのボツリヌス療法について詳しくお話します。
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