家族で力合わせ
器からはみ出すほどのエビがのった天丼、大きな鶏のから揚げ、こんもりと盛られた白いご飯...。須賀川市茶畑町の食堂「つむらや」のメニューはどれもボリューム満点だが、ほとんどの客がぺろっと平らげてしまう。店を仕切る円谷淑子(としこ)さん(68)ら家族4人の連携プレーで空腹の客の胃袋を満たす。
「最初は絶対に店は継がないと思っていた。今ここにいるのが不思議だね」と淑子さんは笑う。創業は約60年。現在地に店を構える前に、淑子さんの母房子さんが同市弘法坦の店でラーメンを提供し始めたのが原点だ。サラリーマンの妻として専業主婦になる道もあったが、食堂の店主という道を選んだ房子さん。淑子さんは「商人の血が流れていたんだね。じっとしていられなかったのかも」と米問屋の娘として育った亡き母を思いやる。
当時から店には常に多くの人がいた。10人以上の従業員に加え、昼は働き盛りのサラリーマンらが集い、夜は大勢の宴会客でにぎわった。常に大声が飛び交う店に、幼い頃の淑子さんは良い印象を抱かなかった。「ここから早く出ていこうと思っていた」。店を継いでほしいと切実に願う母を納得させるため、料理の専門学校へ行くという名目で逃げるように上京した。
調理師免許を取って専門学校を卒業後も、すぐには食堂に戻らなかった。しかし、店を手伝っていた姉が子育てに専念すると聞き帰郷。「何も分からない」状態で店に入った淑子さんを、"板前さん"や"おばあちゃん"として慕っていた従業員らが支えてくれた。肉や魚のさばき方から店の切り盛りの仕方など、手取り足取り教わった。
その後、専門学校時代に出会った夫英明さん(67)が婿入りし、英明さんらと一緒に店を切り盛りしていた時、"板前さん"や"おばあちゃん"が体調を崩し、店を去ることになった。「心の支えだった。信頼すべき人たちを失った」と淑子さん。それでも落ち込んでいる暇はなかった。「商売なんだから、やらないと」と自らを奮い立たせた。麺類のほか、ご飯もののメニューも増えた。「お客さまに提供するのだから良いものを」と、油を頻繁にかえるなど、物価高と闘いながらおいしさと満足感を追求している。長女淑恵(よしえ)さん(44)、長男篤史さん(40)も店をサポートする。
ボリューム満点のメニューをそろえる「つむらや」。店の前に立つ(右から)淑恵さん、英明さん、淑子さん、篤史さん
求める人のため
「店をやめようと思えばいつでもやめられる」と話す淑子さんだが、のれんをしまうことはできないという。英明さんが入院し一時期、夜の営業を休んだことがあった。ある夜の開店時間の午後5時ごろ、一人の男性が訪れた。男性は店の前でじっと動かず、店の扉が開くのを待っていた様子だった。「お客さまのためにも店を開けなきゃ」。淑子さんは瞬間的にそう思った。
2019年10月の東日本台風で店が床上浸水の被害を受けた時も、常連客が店を訪れ、店の復旧作業を手伝ってくれたこともあった。「うちの店を求めてくれる人がいるのはありがたい」と淑子さん。待ってくれる人がいる限り、淑子さんは今日も「つむらや」ののれんを出す。(千葉あすか)
【住所】須賀川市茶畑町40
【電話】0248・73・4546
【営業時間】
午前11時~午後2時半、午後5時~同8時
【定休日】月曜日
【主なメニュー】
▽若鶏の唐揚げ定食=980円
▽ヒレカツ定食=1250円
▽ヒレソースカツ丼=940円
▽上天丼=1500円
▽並天丼=1050円
▽カツカレー=950円
▽ラーメン=650円
▽広東麺=830円
▽五目中華=780円
▽力もちそば=730円
人気メニューの若鶏の唐揚げ定食(手前)と上天丼
すし店の面影残る
すし店だった空き店舗を改装した店には、現在もすし店の面影が残る。真っ先に目に飛び込んでくるのは立派な木のカウンター。魚の切り身を入れるショーケースの名残も。約40年前、弘法坦から茶畑町に移転した時、座敷や調理場などを増築・改装したが、カウンターはそのまま残した。英明さんは「壊したりなんかしたら、もう二度と同じものはできないだろうね。大切にしないと」と誇らしげにカウンターをなでる。
NHKラジオ第1「ふくどん!」で毎週木曜に連携企画
まち食堂物語は福島民友新聞社とNHK福島放送局の連携企画です。NHKラジオ第1で毎週木曜日に放送される『ふくどん!』(休止の場合あり)のコーナー「どんどんめし」で紹介される予定です。