「処理水の最後の一滴を放出するまで、IAEAはこの地にとどまる」。7月上旬、いわき市で開かれた東京電力福島第1原発周辺の市町村長や関係者が集まる会議に遅れて現れた国際原子力機関(IAEA)の事務局長グロッシ(62)は参加者一人一人と握手を交わし、そう約束した。
「英語は分からないが、とても分かりやすい言葉で話してくれていると思った」。参加者の一人、NPO法人ハッピーロードネット理事長の西本由美子(70)は、グロッシが話す言葉一つ一つに響くものを感じたという。「国や東電にはどうしても不信感を抱いてしまう。(グロッシは)東電が絶対に言わないようなことをさらっと話していた。だからこそ余計に信頼感を持ったのかもしれない」と振り返る。
IAEAは、原子力に関する専門家が集まる世界唯一の国際機関だ。日本政府の依頼を受けて2021年から、第1原発で発生する処理水の放出計画を調査してきた。公表した包括報告書は計140ページに上り、放出計画を「国際的な安全基準に合致している」「人や環境への影響はごくわずかだ」と評価。政府が放出を決める大きな根拠の一つとなった。
一方で科学的な安全性評価とともに、利害関係者との協議や情報提供の必要性なども指摘した。海洋放出以外の処分方法には踏み込まず、政府の判断についても「その方針を推奨するものでも、支持するものでもない」と中立的立場を強調した。
福島大環境放射能研究所長を務める同大教授の難波謙二(58)は、報告書を「国内外への発信の点では十分で、科学的な安全性の理解につながる内容」と評価する。IAEAからの「お墨付き」を得た政府は報告書の公表後、県内漁業者だけでなく国内外で安全性を繰り返し訴え、最終的に24日の放出開始に踏み切った。ただ難波は「原発事故後、農家や漁業者は放射線量の厳しい自主基準を設けて努力してきた。科学的な理解はイコール安心ではない」と指摘する。
IAEAは原発構内に現地事務所を開設し、放出開始後も計画の安全性評価や処理水の継続監視を続ける方針だ。帰国直前、報道陣を前にグロッシが語りかけたのは理解や安心を得るには時間が必要だということだった。「丁寧な説明を重ねて、何も包み隠さず全ての質問に応じることだ。正しいことを説明し続ければ最終的に理解は得られる」(文中敬称略)