「国の言う(処理水や放出設備の)安全性は分からなくもない。でも私たちが求めるのは安心感だ」。相馬双葉漁協理事で、相馬市の松川浦でノリ漁を営む山下博行(70)は言葉に力を込める。
松川浦は東京電力福島第1原発事故前、東日本最大級の青ノリ産地で生産量の7~8割を三重県に出荷し、そこから全国に流通していた。だが原発事故で状況は一変した。販売ルートは絶たれ、今も途切れたままだ。山下は処理水放出が、出荷再開に向けて続く三重県側との協議に影響することを懸念する。「漁業への影響は時間がたつにつれて分かってくるはずだ。安心が得られない中での放出は反対だ」
漁業者にじむ不安
政府は漁業者や流通業者らの不安払拭のため、風評対策やなりわいの継続に向けた計800億円の基金を創設。漁業者を中心に説明会や意見交換を繰り返し、処理水の安全性や放出の必要性を伝えてきた。しかし放出を間近に控えた7月に相馬、いわきの両市で行われた国と漁業者らの意見交換では、漁業者らから「風評はすでに起きている。流せば必ず起きる」「また問題が発生し『想定外』で片付けられたら漁業が消滅する」との声が上がった。原発事故で経験した漁ができない苦しさや風評被害。またそれを繰り返すことになるのか。そんな将来への不安がにじんでいた。
放出の影響は、海外ですでに出始めている。中国などは、日本産水産物の輸入を全面的に停止することを決定。中国から発信されたことを示す国番号「86」からの飲食店などへの嫌がらせ電話も県内外で相次いでいる。いわき市のアクアマリンふくしまでも毎日のように電話が鳴り、副館長の大槻立志(55)は「(電話の相手には)国が説明している処理水の安全性を分かってほしい」と頭を悩ませる。
漁業者や県民が抱える不安の解消には何が必要か。首都圏のボランティアらと農地再生に向けた復興支援活動を続けてきた同市のNPO法人ザ・ピープル理事長の吉田恵美子(66)は、国内外で安心感を醸成するには丁寧な説明を重ねる必要があると考える。「さまざまな人への理解醸成はまだ足りていないと感じる。国や東電は住民や国民らと対話する取り組みを原発の廃炉が終わるまで続けてほしい」。吉田は、本県についての正しい情報が多くの人に伝わることを願っている。(文中敬称略)=おわり
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この連載は白坂俊和、大内義貴、矢島琢也、折笠善昭、丹治隆宏が担当しました。