東京電力福島第1原発で発生する処理水の放出開始から、24日で1カ月となる。本年度は約3万1200トンを計4回に分けて海に流す予定で初回は11日に完了、2回目の放出も間もなく始まる見通しだ。「科学的に安全」とされつつも、放出に伴って発生が懸念された風評の実態を探る。
売れ行き、価格「変わらない」
「新鮮な魚介類を買って、食べて、被災地を応援しよう」。鮮魚を積んだ運搬車「ターレ」が行き交う豊洲市場(東京都江東区)にアナウンスが響くと「三陸常磐もの」を扱う店舗「夢市」が活気づいた。店頭の冷蔵ケースに並んだ県産カツオや宮城県産ヒラメなどの刺し身約50パックは開店から1時間半で売り切れた。
夢市は7月に市場内の一角にオープンし、水産仲卸業者でつくる東京魚市場卸協同組合(東卸)が復興支援の一環で来年2月まで運営する。「売れ行きも取引価格も全く変わらない。(小売業の)プロの業者も売れなければ仕入れない」。スーパーなどが取引先の仲卸を営む東卸副理事長の亀谷直秀(63)は、海洋放出に伴う商売への影響は「ない」と断言。健康への影響などを不安視する声が消えない現状も把握しているが、冷静な口調で疑問を投げかける。「科学的に安全だと証明されているのに『安全ではない』と主張するエビデンス(根拠)は何か。今は原発事故直後の何も知識がなかった状況ではない」
関西も「気にしない」
都内に9店舗ある鮮魚店「サカナバッカ」では、県産水産物の魅力を発信するフェアを定期的に開催している。「ノドグロがある。うれしい」。中目黒の店舗の常連という40代の女性客は、声を弾ませながらいわき市産のノドグロ6匹を買った。フェアの担当者は「放出後は(被災地を)応援したいと購入する人が増えた。様子見の人もいるが、多くは自ら処理水に関する情報に接して安全だと判断しているようだ」と理解の広がりを実感している。
関西の市場でも、県産水産物に対する風評の影響は表れていない。「取扱量は決して多いとは言えないが『福島県産だから』と気にすることはない」と大阪府中央卸売市場の担当者。市場は消費拡大に向け、県産水産物の取り扱い実績がある仲卸業者をホームページ上で公開、小売業者や飲食店に仕入れの検討を呼びかける。「処理水に関しては(吉村洋文)府知事も常々『日本全体の問題だ』と話している。福島を応援できるように引き続き発信していく」と支援を約束する。
「政治問題にされた」
一方、国外では中国や香港が日本の水産物への輸入規制を強化した。東卸では一部仲卸に取引停止などの影響が出ており、理事長の早山豊(73)は「放出を政治的な問題にされて痛手だ」と嘆く。ただ、国民一人一人が今よりも年間1300円分の水産物を消費すれば、中国と香港への2022年の輸出額計1600億円の需要の消失を補えるとの試算もある。早山は「魚に関するプロのわれわれが三陸常磐ものを普段通りに扱い続ける姿を通し、国内外の不安の解消と消費の拡大につながれば」と前を向く。(文中敬称略)