「常磐もの」などの海産物が並ぶいわき市中央卸売市場。早朝、かねの音や威勢のいいかけ声で競りが始まる様子は、処理水放出前と変わらない。この1カ月の取引は値崩れどころか、高値が付くことも珍しくない。
「良いスタートを切れたと思う」。卸売業「いわき魚類」社長の鈴木健寿(44)は、好調の背景に全国からの応援があると明かす。中国の水産物輸入停止への反発も相まって、各地の市場や小売店から「常磐ものを買おう」という風潮が生まれ、市場に反映されているという。北海道産のナマコ、ホタテが深刻な影響を受けているため鈴木は「『風評がない』とは言えない」と政府に対応を求める一方、注目が集まる中で「『好きだから食べたい』というファンを増やすことが大事」と語る。
いわき市漁協によると、漁港の市場で水揚げ直後に取引される「浜値」も堅調だ。今月1~20日は特にヒラメやイカ類が好調で、中でもヒラメは前年同期に比べて1割上昇。急増する市のふるさと納税で常磐ものを返礼品に選ぶ消費者の支援も影響しているという。
応援の声が最も表れているのが小売りの現場だ。いわき市小名浜のいわき・ら・ら・ミュウの8月16日~9月17日の売り上げは、前年同期比で3割以上増加。施設内の海鮮土産店「まるふと直売店」で店頭に立つ原田和人(39)は「『県産品を買えなければ来た意味がない』との声もあった」と感謝する。買い物に訪れた福島市の20代の会社員男性は「積極的に県産魚介類を食べるようになった」と笑顔を見せた。
相馬双葉漁協が運営する相馬市の水産加工施設では、施設長の太田雄彦(53)が「送り状を書くのが大変なほど」と語る通り、8月下旬からオンラインショップの注文が急増。同月は月平均3倍ほどの売り上げとなり、併設する直売所の客足も順調だ。
今こそ定着必要
ただ時間の経過に伴い、全国からの注目が薄れていくことも予想される。「県産海産物の安全性とおいしさを知ってもらい、また購入してもらえるようにしていきたい」。太田は今こそ、常磐ものを定着させる取り組みが必要だと強調する。
全国からの応援による新たな悩みもある。いわき市の仲買人男性によると、価格の高騰で常磐ものが手に入りにくくなり、得意先に卸せない日もあるという。需要に応えるためには震災以降、減少したままの漁獲量の確保も大きな課題だ。
県内各漁協は漁業復興計画に沿って水揚げ量の拡大を図っている。いわき市漁協は今月1~20日の期間で底引き網漁の漁獲量を33トンから52トンに増やした。漁協関係者は「応援で不安がない中、気合を入れて漁獲量を増やしたい」と意気込む。(文中敬称略)