東京電力福島第1原発で発生する処理水の4回目の海洋放出が終わり、計画された初年度の放出は全て完了した。当初懸念された風評被害や環境への影響などは確認されず、放出は計画通りに進む。ただ、今後30年以上続くとされる放出は始まったばかりで、関係者の懸念が消えることはない。新年度以降も続く放出が一つの区切りを迎える中、関係者の思いやこれからの課題を探る。
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「震災と原発事故後の十数年、検査して安全な魚を出してやっと信頼を得られるようになってきた。漁業復興の歩みをここで止めるわけにはいかない」。相馬双葉漁協組合長の今野智光(65)は、処理水放出が始まった約7カ月前の心境をそう振り返る。
政府が「一定の理解が得られた」として踏み切った処理水放出で、県内漁業者は最後まで反対姿勢を崩さなかった。国際原子力機関(IAEA)が安全性にお墨付きを出しても「安心は心理的問題。みんなが理解してくれるかは分からない。風評はある程度は覚悟していた」という。
しかし放出後、漁協の水産物取引価格に大きな変化は起きなかった。安堵(あんど)はするが「まだまだこれからだ」と懸念は消えない。他県を見渡せば、中国などによる日本産水産物禁輸の影響も広がっている。「自分たちだけ何もなかったから『それでいい』では済まされない」。原発では作業のトラブルも相次いでおり「小さいミスでも相双の漁業に直結する問題だ。ミスによってはこれまで積み重ねてきた努力が無に帰すことになりかねない」と東電に厳しい視線を送る。
処理水放出後は各地で本県水産物など応援の動きが広がり、「常磐もの」の需要の高まりから逆に価格が高騰する事態も起きた。いわき市の仲卸業「山常水産」社長の鈴木孝治(63)は「例年の2倍以上の値が付くこともあったが、現在はだいぶ落ち着いてきた」と話す。
正しい知識身に付け
県内の水産物は原発事故以降、モニタリング(監視)が続けられてきた。鈴木は福島の魚を「世界で一番安全だと思っている」と胸を張る。市中央卸売市場の卸・仲卸業者などでつくる魚食普及活動団体「いわき魚塾」の塾長としても活動し、処理水放出前には、処理水について学ぶ勉強会も開いた。「安全性を伝えるには正しい知識を身に付ける必要がある。今後も消費者に常磐もののおいしさを伝えながら(処理水にも)しっかりと向き合っていきたい」と表情を引き締める。
「緊張感を」と注文
「地震の影響で停止することもあったが、それだけ丁寧にやってくれているということだ」。処理水放出に向け、漁業者代表として政府との議論の矢面に立ってきた県漁連会長の野崎哲(69)は、これまでの放出作業を一定程度評価する。ただ、新年度に向けては「改めて国や東電から計画の説明を受けたい」とした上で「一回一回緊張感を持って取り組んでほしい」と注文を付けた。(文中敬称略)