煎餅屋から出発
昔ながらの味を今も変わらず提供する1955年創業の老舗食堂に、老若男女が吸い込まれていく。のれんをくぐれば、どこか懐かしい気持ちが湧き上がる。来店客には家族連れや高校生の姿も。「昔」を知らない世代までを引き付ける不思議な魅力がこの店にある。
「忘れられない味、毎日食べても飽きないものを作っている」。店主の十文字啓雄(けいお)さん(81)と妻昌子さん(79)は口をそろえる。定食や丼物、麺類など30種類以上のメニューがあるが、顔を見ただけで注文が分かる常連客も多いという。5日連続でメンチカツ定食を頼んだ人もいて、2人は「さすがに飽きないのかなと思った」と笑う。
店は城下町の風情がある石畳の門前通りに面し、作家司馬遼太郎らが訪れた大正時代建立の県重要文化財「白河ハリストス正教会」が近くにある。教会の屋根の十字架が白十字食堂を連想させるが、店名は昌子さんの父で先代の留雄さん(故人)が戦前に修業した東京・新宿の飲食店「白十字」に由来する。
先代は疎開で東京から故郷の白河に戻り、戦後に煎餅屋を創業。自転車に乗って市中で売り歩いたが、手間がかかったため食堂を始めたという。5人姉妹の長姉の昌子さんは中学生の頃から皿洗いなどを手伝い、妹たちも同様に"看板娘"として働いた。65年に啓雄さんが後継ぎとして婿入り。妹たちは結婚を機に巣立っていった。
啓雄さんと昌子さんは白河の街の変遷も眺めてきた。80年代ごろまでは近くに映画館があり、夜は映画を見終わった客がたくさん訪れた。街中で商売を営む人も仕事帰りに胃袋を満たしに来た。かつてのような活気はなくなったが、現在も昼から夜まで「通し営業」を続けている。
昼時は特に慌ただしい。自家製のたれで作る焼肉定食、ボリューム満点のカツカレー、鶏ガラベースのラーメン...。「うちには看板メニューがない。全部お薦めだよ」と啓雄さんが話すように満遍なく注文が入る。料理は全て手作り。味が濃すぎないところも、老若男女に愛される理由かもしれない。盛りの良さ、定食などに付く甘い味付けのポテトサラダも評判だ。
夕方は雰囲気が変わる。シューマイなどをつまみに瓶ビールを注文する人も訪れる。一品料理も提供しており、夕方から「ちょい飲み」は至福の時となる。
店継ぐこと決意
半世紀以上の歴史を紡いできた店だが、啓雄さんは「後継ぎがいなかったら、自分の代で廃業しよう」と覚悟した時があった。食堂の仕事は休みが少なく大変。息子2人も会社員生活を送っていたからだ。それでも、自動車販売店で働いていた長男一雅さん(55)が2000年ごろに3代目として継ぐことを決断した。地域住民から「店をなくすのはもったいない」と言葉をかけられ、背中を押されたのが大きかったという。
現在は一雅さんと妻咲菜枝(さなえ)さん(55)を含む家族4人で切り盛りしている。「古くても良いものを残したい」と一雅さん。街に根付く昔ながらの食堂には、さまざまな人の思いが詰まっている。(鈴木健人)
【住所】白河市愛宕町45
【電話】0248・23・3625
【営業時間】午前11時~午後8時
【定休日】水曜日
【主なメニュー】
▽焼肉定食=1000円
▽ハンバーグ定食=1000円
▽野菜炒め定食=900円
▽カツ定食=1000円
▽メンチカツ定食=1050円
▽エビフライ定食=1100円
▽唐揚げ定食=900円
▽シュウマイ定食=900円
▽ラーメン=700円
▽ワンタンメン=800円
▽タンメン=800円
▽ポークソテーライス=1400円
▽カツカレー=1000円
▽オムライス=800円
▽チャーハン=750円
▽カツ丼=950円
▽親子丼=850円
▽ギョーザ(5個)=450円
▽酢豚=1000円
自家製のたれで作る焼肉定食(左)をはじめ、カツカレー(手前)、ワンタンメンなど豊富なメニューで地域の人たちの胃袋をつかむ
【隠し味】思いがけない2位
ウェブメディアがネット記事で紹介した「福島県のハンバーグの名店」ランキング(3月10日時点)で、白十字食堂が2位に入った。ただ、店はハンバーグを売りにしたことが一度もなく、取材も受けていないため、突如のランクインとなった。記事の影響もあってかハンバーグ定食を注文する来店客が増え、一雅さんは「期待値が高くなり、口に合わなかった時は逆に評判を落としてしまう」と困惑気味だ。
◇
NHKラジオ第1「ふくどん!」で毎週木曜に連携企画
まち食堂物語は福島民友新聞社とNHK福島放送局の連携企画です。NHKラジオ第1で毎週木曜日に放送される『ふくどん!』(休止の場合あり)のコーナー「どんどんめし」で紹介される予定です。