雰囲気も魅力に
田村市北部の瀬川地区。片側1車線の県道をのんびりと車を走らせると、昭和時代のノスタルジックな雰囲気を醸し出す「せがわ食堂」の看板が目に入る。昔ながらの食堂のたたずまいを見せるこの店に、ある人は「料理だけじゃなく雰囲気も食べに来ている」と魅力を語る。
藤色ののれんをくぐり、戸を開けると「いらっしゃい」と明るい声がこだまする。店内はテーブル席と小上がりの座敷。調理場からは鍋を振る小気味よい音が聞こえ、食欲を刺激する。市街地からは離れた場所だが、昼時は客が入れ代わり立ち代わり訪れる。
店は、郡山市や田村市の飲食店で修業した佐久間武さん(69)が1981年7月に創業した。故郷の瀬川地区をよりたくさんの人に知ってもらいたいという地元愛から「せがわ食堂」と名付けた。店を切り盛りするのは武さんと妻の富子さん(69)、息子の智之さん(36)と妻の尚美さん(36)で、昼時にはベテラン従業員も加わる。
店のお勧めは創業から変わらない味付けのモツ定食で、みそやしょうゆなどを混ぜた特製のたれで煮込んだモツはやわらかく絶品だ。麺類は野菜たっぷりのミソラーメンやスタミナラーメンが人気で、智之さんが考案したマーボー丼もファンが多い。定食メニューはどんぶりご飯に、みそ汁も同じどんぶりサイズ。盛りの良さは店の信条で物価高でも当面は変わることはないそうだ。
2代目の智之さんは3人きょうだいの末っ子。高校まで野球一筋で、実家の手伝いをすることはなかった。卒業後は自衛官になったが、料理人になりたいという思いが強くなり退職。都内の中華料理店や居酒屋で料理の腕を磨き、7年前に地元へ戻った。「兄が店を継がないという話になって。店がなくなるのはもったいないと思ったんです」と当時の心境を振り返る。
ちょうどその時、長年続けてきた店にピンチが訪れていた。武さんと富子さん2人で店を切り盛りしていたが、武さんが肩を痛め、腕が思うように動かせなくなった。鍋を振るのもつらく、店を閉めようかと思い悩んでいた時期だった。そんな時に智之さんが帰郷し、店を継ぎたいという話になった。武さんは「あの時、息子が帰ってこなかったら店は終わっていたかもしれないね」としみじみ話す。
心のよりどころ
武さんから店の味を教わり3年が過ぎると、智之さんも父親と同じ店の味が出せるようになった。常連客からは「また"せがわ"の味が食べられるな」と喜ばれた。負担が減ったことで武さんも再び鍋を振れるまで回復し、親子2代で店を守る今の形が続いている。
店の前を走る県道は田村市から葛尾村、双葉郡をつなぐ。東日本大震災と原発事故で一時客足は減ったが、避難指示の解除や双葉郡の復興が進むにつれて人の営みが戻り、再び店を訪れるようになった客の姿もある。智之さんは「あまり変わらないようにしたい。でも変わらないだけじゃなくてより良くしていけたら」と長年親しまれる店のこれからを見据える。心のよりどころとなるような食堂であり続けるために...。(坂本龍之)
注文の料理を手分けして調理する(左から)尚美さん、武さん、智之さん、富子さん
【住所】 田村市船引町新舘字下420の1
【電話】 0247・84・2901
【営業時間】 午前11時~午後6時(日曜日は午前11時~午後2時)
【定休日】 第1、3、5日曜日
【主なメニュー】
▽ギョーザ定食=750円
▽ニラレバ定食=950円
▽モツ定食=950円
▽カツ丼=1000円
▽マーボー丼=950円
▽ラーメン=750円
▽ミソラーメン=850円
▽スタミナラーメン=950円
▽ご飯セット(ミニモツご飯・ミニチキンカツ丼)=400円
人気メニューの(左から)マーボー丼、モツ定食、ミソラーメン
感謝込めコーヒー
「コーヒーいかがですか?」。食後に、唐突に声をかけられると初来店の客たちはびっくりするかもしれない。店のメニュー表には載っていないサービスで、富子さんたっての希望によるものだ。
還暦を迎えた富子さんが、これまで店に通っていただいたお客さまへの感謝を込めてコーヒーの提供を開始した。以前は1杯100円だったが、いつの間にか無料サービスに。採算度外視で客をもてなしている。
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NHKラジオ第1「ふくどん!」で毎週木曜に連携企画
まち食堂物語は福島民友新聞社とNHK福島放送局の連携企画です。NHKラジオ第1で毎週木曜日に放送される『ふくどん!』(休止の場合あり)のコーナー「どんどんめし」で紹介される予定です。