魚屋から旅館、そして飲食店へ。南相馬市小高区の「食事処叶や」は、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故を経て、旅館から飲食店に業態を変えた。「お客さんに喜んで帰ってもらえれば、それだけで十分」。店主の牧野良仁(りょういち)さん(62)は謙虚に料理と向き合う。
旅館の前は魚屋だった。屋号は「叶屋」。父貞義さん(88)が旅館を始め、柔らかい印象を与えようと「叶や」に変えた。良仁さんにとって家業を継ぐのは自然な流れだった。高校卒業後、東京都内の専門学校で料理の基礎を学び、レストランやデパートなどで修業を積んだ。20代で小高に戻り、旅館で主に料理を担当した。旅館は10部屋ほどあり、宿泊のほか、スポーツ大会の宴会や法事、時には結婚式の利用もあり、にぎわいを見せた。
飲食店で再出発
震災により、客室があった建物は半壊状態となり、原発事故で避難生活を強いられた。震災の翌年、復興工事や原発で働く作業員向けの宿泊施設が足りないと知り、良仁さんは原町区で仮設宿泊施設「ホテル叶や」の運営を始めた。約4年間にわたり、復興に携わる作業員の生活を支え続けた。
仮設ホテルの宿泊需要は次第に落ち着き、2016年には小高に出されていた避難指示も解除された。「小高に帰って何をしようか。会社に勤めたこともないし、こじんまりと飲食店をやろうかな」。旅館のロビーを改装し、フロントは調理場に生まれ変わり、18年に「食事処叶や」をオープンさせた。旅館の再開と比べて費用負担が少ないと見込んでの飲食店のオープンだったが、良仁さんは「改装は意外とお金がかかった」と苦笑いする。
料理の季節感は旅館時代から大事にしてきた。営業が終わると、スーパーへ買い出しに出かけ、季節のものを探す。得意料理は旅館らしく天ぷら。人気メニューは「おすすめ定食」で、イトヨリや鶏の天ぷら、牛モツ炒め、豚肉卵とじなどから、好きな2品を選ぶことができる。
「変わっているものがいい」と、ほかの店にはないようなメニューを目指し、赤魚の竜田揚げや煮付けなどの魚料理も用意している。「みそ汁も飽きないように」とキャベツやなめこなどを入れ、適宜、具を変えている。牛肉の黒酢炒めや牛モツ炒めの牛肉を使ったメニューもある。
新メニュー挑戦
良仁さんは雑誌や本で勉強し、月替わり定食ではハンバーグやエビチリなども作ってきた。「ゆるくやっている」と良仁さん。最近は手作りのクリームチーズアイスにも挑戦している。現在8種類の定食メニューを用意し、基本的には良仁さんが腕を振るうが、カレーは妻美雪さん(56)が担当する。ニンニクやショウガが入っており、スタミナが付く逸品だ。
小高区の避難指示が解除されて今月で8年を迎えた。最近では、若い移住者も店を訪れるようになったという。「無理せずマイペースでやっていく」。先代が営みを続けてきた小高の地で、旅館仕込みのこだわりの料理を提供し続ける。(佐藤健太)
■住所 南相馬市小高区仲町1の1
■電話 0244・26・7986
■営業時間 午前11時~午後2時
■定休日 土、日曜日、祝日
■主なメニュー
▽月替わり定食=1200円
▽おすすめ定食=900円
▽とんかつ定食=950円
▽カレーライス=800円
▽豚のしょうが焼定食=900円
おすすめ定食(イトヨリ天ぷら、牛モツ炒め)、とんかつ定食、カレーライス
ポイントがたまる
レジ前では「お客さんの顔と名前を覚えたい」とポイントカードを配っている。旅館時代と違い、客と話せる時間は少なく、名前も分からないことが多い中で「コミュニケーションが取れれば」と始めた。1回の来店につき1ポイントで、10回来店すると定食代が400円引きになる。
NHKラジオ第1「ふくどん!」で毎週木曜に連携企画
新まち食堂物語は福島民友新聞社とNHK福島放送局の連携企画です。NHKラジオ第1で毎週木曜日に放送される『ふくどん!』(休止の場合あり)のコーナー「どんどんめし」で紹介される予定です。